2013年12月8日

判例百選まとめ―会社法[第2版]Ⅰ「会社総則」


1.最判昭和27年2月15日 民集6巻2号77頁


定款所定のいわゆる”会社の目的”を「不動産その他財産を保存し,これが運用利殖を図ること」とするA(合資会社)の無限責任社員たるCが、Aの有する建物をX(原告)に売却し、同建物に居住しているYらを相手方にして、本件建物明渡請求に及んだ事例につき、
・1審…X請求棄却⇒X控訴
・原審…X控訴棄却(定款所定目的範囲内の行為でない・CにA社団所有の不動産売買の権限なし⇒売買契約無効)

最高裁は、

    (一般論として)
「定款に記載された目的自体に包含されない行為であっても目的遂行に必要な行為は,また,社団の目的の範囲に属する

(”目的遂行に必要な行為”の範囲基準)
定款の記載自体から観察して客観的に抽象的に必要でありうべきかどうか」という「基準に従って決すべき」 である
⇒(反対説たる「会社の定款記載の目的に現実に必要であるかどうか」という基準に対して)、「第三者としては,到底これを適格に知ることはできない」ため、取引安全の保護の要請から、第三者を基準とした、客観的・抽象的な必要性により検討すべきであるため。

(あてはめ・結論)
「本件建物の売却もこれを抽象的に観察すれば」、「必要たり得る行為である」
故に、「本件建物の売却を以ってどう社団の目的の範囲外にありとし」、「同社団は本件建物をXに売却する権能はないものとした」原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、 破棄を免れず、この点審理を尽くすべきであるため、原審に差戻す。

判例Link: http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319124145494853.pdf

 2.最大判昭和45年6月24日 民集24巻6号625頁

 八幡製鉄の株主たるXが、同社を代表して自民党に政治献金をした行為に対し、同社定款目的たる「鉄鋼の製造及び販売並びにこれに附帯する事業」の範囲外に属するものであり、当該行為をなした取締役Yらの忠実義務違反ありとして提訴された事案につき、
・1審…X請求認容(非取引行為を会社がなすにあたっては、一般社会人として当該行為に反対しない社会的義務行為であることを要求するところ、政治献金はかような行為に該当しない非取引行為であるといえるため)⇒Y控訴
・原審…原判決取消し(会社も一個の社会人であって、社会に対する関係において自らを有利とする行為をなすことができ、政治献金についてもこれに包含されると解することができるため)

最高裁は、
(人権享有主体性についての憲法及び民法90条違反の点について)
  会社は、「自然人とひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他(以下社会等という。)の構成単位たる社会的実在なのであ」り、「会社が、納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等の負担に任ずるものである以上、納税者たる立場において、国や地方公共団体の施策に対し、意見の表明その他の行動に出たとしても、これを禁圧すべき理由はな」いのであって、「憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものと解すべきである」ため、論旨に理由はない。

(政治献金が目的の範囲外の行為であるという点について)
 我が国の憲法下における統治構造上、「政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのであ」って、「その健全な発展に協力することは、会社に対しても、社会的実在としての当然の行為として期待されるところであり、協力の一態様として政治資金の寄附についても例外ではない」ことから、「会社による政治資金の寄附は、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためになされたものと認められるかぎりにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為である」といえるため、この点についても論旨に理由はない。 

(政治献金が取締役における忠実義務違反であるという点について)
 取締役としての義務につき、特段の定めの見えない以上、「商法二五四条ノ二の規定は、同法二五四条三項民法六四四条に定める善管義務を敷衍し、かつ一層明確にしたにとどまるのであつて、所論のように、通常の委任関係に伴う善管義務とは別個の、高度な義務を規定したものとは解することができ」ず、取締役における忠実なる業務の執行については、同旨の善管注意義務の限度でその責任が生じるといえるところ、本件のごとく政治献金をなすについては、「会社を代表して政治資金の寄附をなすにあたつては、その会社の規模、経営実績その他社会的経済的地位および寄附の相手方など諸般の事情を考慮して、合理的な範囲内において、その金額等を決すべきであり右の範囲を越え、不相応な寄附をなすがごときは取締役の忠実義務に違反するというべき」であって、そのような事情も見えないため、論旨に理由はない。 
 
判例Link: http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122500596226.pdf
 

 3.最判昭和44年2月27日 民集23巻2号511頁

いわゆる一人会社であるところのY(代表取締役A)が、Xとの間で店舗賃貸借契約を締結し、契約満了の約一年前にXがAに対し本件店舗明渡を請求したところ、期日を指定し本件店舗を明渡す旨の念書がAによって差し入れられた。
 しかし、指定期日を経過したにもかかわらずAは、依然本件店舗を明渡さなかったために、XがAに対して本件店舗明渡請求訴訟を提起したところ、裁判所の勧告によってAX間において本件店舗を明渡す旨の和解が成立したが、Aは本件和解の当事者がA及びXであることを主張し、Y使用部分を明渡さなかったため、Yを被告とした明渡請求訴訟が提起された事例につき、
・1審…X請求認容(本件和解は、A及びAを通じてYも本件建物を明渡す旨であるため)⇒Y控訴
・原審…Y控訴棄却(同旨)

最高裁は、
(法人格付与及びその否認の場合の類型について)
 「法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであつて、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに、法的技術に基づいて行なわれるもの」であって、かような趣旨に反する場合、すなわち、①「法人格が全くの形骸にすぎない場合」、②法人格が「法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合」 には、 当該法人格を否認すべきである。
 
(否認を許容する理由について)
 会社法制の原則(準則主義)により、「株式会社形態がいわば単なる藁人形に過ぎず、会社即個人であり、個人則会社であつて、その実質が全く個人企業と認められるが如き場合を生じる」 可能性があって、そのような者と契約関係に入る第三者は、「その取引がはたして会社としてなされたか、または個人としてなされたか」を観念していない場合が生ずるおそれがあり、このような場合から当該第三者の「保護を必要とする」。
  かような保護を図るため、「会社名義でなされた取引であつても、相手方(註・第三者)は会社という法人格を否認して恰も法人格のないと同様、その取引をば背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求することを得、そして、また、個人名義でなされた行為であつても、相手方は敢て商法五〇四条を俟つまでもなく、直ちにその行為を会社の行為であると認め得る」とすることが相当であることから、許容される。
  
(本件についてみると)
 Yは、「税金の軽減を図る目的のため設立した株式会社で、A自らがその代表取締役となつたのであり、会社とはいうものの、その実質は全くAの個人企業に外ならないものであ」 り、前示①に該当するといえ、本件店舗賃貸借契約の形式上の相手方がYであったとしても、「A個人に対して右店舖の賃料を請求し得、また、その明渡請求の訴訟を提起し得るのであ」るため、論旨に理由はない。
 
判例Link;http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319122524162560.pdf

2013年10月19日

重判24年度版―商法1「株主総会の特別決議を欠く新株発行の効力」

【科目】
重判24年度版―商法1「株主総会の特別決議を欠く新株発行の効力」

【判決日時・種類】
最判平成24年4月24日

【収載判例集】
民集66巻6号2908頁
判時2160号121頁
判タ1378号90頁

【事実の概要】
 本件は、被告会社Yが、ストックオプションを付与する目的で経営陣に対して制限付(当初の行使条件)で、株主総会の特別決議を経た上で発行された新株予約権が、後の会社の事情によって、上場条件の前提となる株式の公開が困難となったため、当該条件を変更した上で、新株予約権を行使させたことに対して、当該会社の監査役が主位的に株式の発行無効とする形成の請求を、予備的に本件株式発行が当然無効であることを確認する請求をした事案である。

<新株予約権に付された行使条件>
・行使時にYの取締役であること
・他の行使条件については、Yと当該新株予約権を得る者との間の契約によって規定すること

<訴訟提起までの流れ>
①新株予約権の経営陣への無償発行につき、上記行使条件を付した状態で株主総会の特別決議を経た
②Yの取締役会において、本件補助参加人たるA,B及びCに対して新株予約権を割り当てる決議をした上、Yは新株予約権を発行した
③当該発行に際して、YはA,B,Cとの間に、行使条件について「Y株式が日本証券業協会に店頭売買有価証券として登録され、又は証取所に上場されてから6ヶ月が経過するまで当該新株予約権を行使できない(上場条件)」ことを内容の一部とする契約を締結した
④時間が経過し、Yの上場が困難となったため、Y取締役会で上場条件を廃する決議(本件変更決議)がなされた
⑤同日、本件変更決議を受けたAらはYとの契約を、本件変更決議と合致するような内容に変更した
⑥Aらは、行使条件の変更を受けて新株予約権の権利行使期間内において新株予約権を行使し、Yは株式を発行した
⑦Yの監査役である本件原告たる監査役Xは、本件訴訟を提起した

※なお、Yは事実関係から、取締役会及び監査役設置会社であり、かつ非公開会社であることが伺われる

<本件訴訟について>
原告:
X(Yの監査役)
被告:
Y(会社)

請求:
主位的⇒会社法828条1項3号に基づく、株式会社の株式発行行為の将来的失効請求(同834→839により将来効としての無効)
予備的⇒本件変更決議の当然無効の確認請求

趨勢:
第1審…主位的請求を認容、Y控訴
原審…Yの控訴棄却、Y上告

【判旨】
上告棄却

①新株予約権を発行するにつき、当初の行使条件が付された状態で株主総会の特別決議を経てはいるものの、当該行使条件を変更することに対する委任がなされていない限り、取締役会において当初の行使条件を変更することは許されず、かような変更をした本件変更決議は無効である。
②Yが、非公開会社であることに鑑みると、本件の如く、新株予約権の発行に株主総会の特別決議を要する(238Ⅱ・309Ⅱ⑥)のは、既存株主の保護の要請が働くからであって、この要請に応えるべく、法は訴えによる当該発行行為の無効を認めるという救済手段を設けており、株主総会の特別決議を経ないままで、行使条件が変更された本件の如き場合には、重大な法令違反が存するということができる。
③したがって、本件変更決議は、重大な法令違反によって瑕疵を帯びた手続であるということができ、これは無効原因となるため、上告は棄却されなければならない。

2013年10月12日

重判24年度版―民法2「消費者契約である生命保険契約における保険料不払いによる無催告失効条項の効力」

【科目】
重判24年度版―民法2「消費者契約である生命保険契約における保険料不払いによる無催告失効条項の効力」

【判決日時・種類】
最判平成24年3月16日

【収載判例集】
民集66巻5号2216頁
判時2149号315頁
判タ1370号115頁

【事実の概要】
<前提となる契約>
 本件は、被保険者たるXと保険者(生命保険会社)たるYの間において締結された医療保険契約及び生命保険契約(以下、本件各契約)につき、本件各契約締結に関わる約款所定の失効条項(以下、本件失効条項)の効力が問題となった訴訟である。なお、本件各契約は消費者契約法第2条第3項のいう「消費者契約」に該当するものであるため、もっぱら消費者契約法上において本件失効条項の効力如何が問われている。

<契約内容のうち、本件に関わる部分>
 本件各契約に関わる約款には、大要、以下の内容が規定されていた。
①保険料については各月中(初日から末日まで)に相当額を支払うこと
②猶予期間を1ヶ月と設定し、この猶予期間内に(当該前月の)保険料支払がない場合に失効とする
③なお、この猶予期間内に支払がない場合でも、支払うべき保険料相当額と(支払遅延に伴う)利息の合計額が、解約返戻金[中途解約の際に保険者より返戻される金銭(大抵は解約までに支払った保険料の幾ばくかが返される)]の額を上回らない場合には、YがXに金銭の貸付をした上で、貸し付けられた金銭によって保険料が支払われたと看做す
④保険契約が失効してから、本件各契約については、1年ないしは3年以内に、Yの承諾を得ることによって本件各契約の効力を復活させることができる

 なお、当該約款における効力について、保険料の支払い(債務の弁済)についての催告をすることなく、直截に失効させることができる、という点が争いの種となった。

<事実の流れ>
 Xは、本件各契約によって支払い義務を負っていた保険料につき、口座振替によるものとされていたところ、振替口座の預金残高不足により、①及び②に該当する状態を惹起した。
 すなわち、保険料支払いの一次的な期限である当月中はもとより、猶予期間である1ヵ月間を超えて、当該保険料を支払わなかったということとなり、契約は失効したことになった。
 その後、Xは支払うべきであった保険料を添えて本件各契約の復活をYに申し込んだところ、Yは、Xが特発性大腿骨頭壊死症(特定疾患[難病])と診断されたことを理由に本件各契約の復活を拒否した。
 そこで、XがYを相手方とした訴訟を提起した。

<本件訴訟について>
 XのYに対する本件各契約の存在を確認する訴訟である。
・第1審
 Xは、本件各契約の約款は「......消費者の利益を一方的に害する契約」であり、効力を生じない(消費者契約法第10条)ため、契約は有効なるものとして存続していると主張した。
 Yは、本件失効条項により本件各契約は失効している。消費者契約法10条違反も存在しない、とした。
 これらの主張に対し、第1審はXの請求を退け、請求棄却判決を下した。
 X控訴。
・原審
 原審は、第1審の判決を取り消し、消費者契約法10条によって、本件各契約における約款は無効であるとして、請求認容判決を下した。
 Y上告受理申立て。

【判旨】
破棄差戻し

本件各契約における約款と消費者契約法10条の関係について、

Q.信義則に反して消費者の利益を一方的に害するか否か?

<結論>
No!!

<理由>

①約款の記載上、(保険料不払いという)「債務不履行の状態が一定期間内に解消されない場合に初めて失効する旨が明確に定められている」
+約款における一定期間は、「民法541条により求められる催告期間よりも長い」
+約款条項③のごとく「1回の保険料の不払により簡単に失効しないよう」にされている
「保険契約者が保険料の不払をした場合にも、その権利保護を図るために一定の配慮がされているものといえる」

②約款所定の失効に至るまでの間に保険料不払についての督促をするなど、Yにおいて、約款の下に本件各契約やそれに類似する契約を締結する多数の保険契約者が自らの(保険料不払という)債務不履行を覚知できるような態勢が整えられ、かような態勢を実現すべくYが善処していると仮定するならば
「本件失効条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらない」

原審の事実認定において、かような論点の下に再度、Yの設けた約款の有効性について吟味検討させるべく、原審の判決を破棄し、更に審理を尽くさせるべく原審に差戻す。

2013年10月7日

重判24年度版―刑事訴訟法1「参考人としての取調べと黙秘権の保障」

【科目】
重判24年度版―刑事訴訟法1「参考人としての取調べと黙秘権の保障」

【判決日時・種類】
東京高判平成22年11月1日

【収載判例集】
判タ1367号251頁、 東高刑時報61巻1-12号274頁

【事実の概要】
①訴因(公訴事実)
 大要すると、被告人が、自らの所属する消防団の受持ち区域内において連続放火事件(本件事件)を起こしたとして、現住建造物等放火(刑108)・非現住建造物等放火(同109Ⅰ)・建造物等以外放火(同110Ⅰ)の罪責を問うものである。(原審はいずれの事実も認容し、有罪判決を下した)
②本件控訴理由の基礎となった事実
 被告人が所属する消防団の団長より、被告人の挙動に不審な点があり、本件事件の犯人である可能性がある、という情報を覚知した警察が、被告人を調査する目的で尾行をしていたところ、被告人を見失ったタイミングで放火が発生したということが判明した。
 更に警察は尾行を続けていたが、数日後に、被告人が他の消防団員のために缶コーヒーを買っているタイミングでまたもや放火が発生したことから、参考人として被告人を事情聴取し、「缶コーヒーを買いに意って帰ってきた時には、誰とも会っていません」などという、被告人に不利益な内容のKS(本件調書)が作成された。
 さらに後日、被告人の同僚消防団員への事情聴取や、本件事件の発生した現場付近の防犯ビデオの解析などを行った結果、被告人による犯行である可能性が高まったため、被告人に対する通常逮捕状の発付を得たうえ、被告人を任意同行し、任意の取調べを行い、上申書を書かせて被告人を通常逮捕した。
③本件控訴理由
 原審は、公訴事実の証明の一部として、本件調書を用いていたが、本件調書は、被告人が参考人として黙秘権が告げられていない状態において作成されたものであり、証拠能力を認めることができない。したがって、証拠能力が認められない証拠として取調べが行われたことによって事実誤認が生じた、として、東京高裁に控訴した。
 
【判旨】
控訴棄却(確定)

本件調書は「捜査機関が、被告人に黙秘権を告げず、参考人として事情聴取し、しかも放火発生時の被告人の行動などに関して、被告人に不利益な事実の承認を録取した書面を作成したものであるから、……黙秘権を実質的に侵害して作成した違法がある」として、証拠能力を否定したが、本件調書を違法収集証拠として排除したとしても合理的疑いを超えた証明ができるとして、「この違法は判決に影響を及ぼすほどの違法ではな」いと述べて、原判決に事実誤認はなく、被告人側の控訴を棄却した。

2013年10月6日

重判24年度版―民事訴訟法1「文書提出命令(公務秘密文書)―医療事故報告書」

【科目】
重判24年度版―民事訴訟法1「文書提出命令(公務秘密文書)―医療事故報告書」

【判決日時・種類】
東京高決平成23年5月17日 (抗告事件)

【収載判例集】
判時2141号36頁,判タ1370号239頁

【事実の概要】
①本件本案訴訟の概要
 Aが医療過誤(医師や看護師の安全配慮義務違反)を原因とする不法行為ないし債務不履行によって死亡したとして、Aの遺族であるXが独立行政法人国立病院機構Yを相手方として、損害金及び慰謝料を請求した事件である。
 この本案訴訟において、Xは医師らの過失を証明するため、医療自己評価委員からの付託を受けた専門医が作成した、医療事故報告書(本件報告書)の文書提出命令(民訴法220条1号及び4号に基づいたもの)を申し立てた。
②文書提出命令に対する原審の判断
 原審の東京地裁立川支部は、インカメラ手続を用いて文書提出義務を定める220条各号の規定につき検討した。その結果は以下の通りであり、これに基づいて同裁判所は決定で、本件報告書に対して文書提出命令を出した。(東京地立川支決平成23年2月9日)
(1)1号
 原告Xらは、本件報告書の要旨をまとめた文書を所持してはいるものの、本件報告書そのもは所持していないため、当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持している場合に該当しない
(2)4号ロ
 確かに公務秘密文書であることは否めないが、本件報告書が提出されることによって公共の利益が害され、あるいは公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるとはいえないため本列記事項には該当しない
(2)4号ニ
 文書の一部を削除すれば開示によって文書所持団体の意思形成過程に著しい影響を及ぼさないため、同趣旨保護のために設けられた本列記事項に該当しない

以上の地判支部決定に対してYが抗告したのが本件抗告訴訟である。


【判旨】
原決定中認容部分取消、(文書提出命令)申立て却下

(1)1号
 本件抗告訴訟において、「Xは本件報告書が民訴法220条1号に」該当すると主張しているのであるが、本件報告書の要旨についてまとめた『国立病院機構院長協議会による評価依頼結果の報告ならびに災害医療センターの見解』という甲A6号証につき、準備書面におけるYの認否としての評価内容は、甲A6号証記載の通りである旨に過ぎず、「積極的に当該文書の存在に言及した場合には当たら」ず、書証として本件報告書を提出すべきであるとはいえない
(2)4号ロ
 本件報告書は、Y内部における医療事故を調査して、「将来の医療紛争が予想される相手方らへの対応の方針を決定するための基礎資料として使用すること」が主たる目的であると推認でき、「Y内部において組織的に使用される内部文書であ」り、本件の医師には「Yの職員の職務の一環として、守秘義務を課された上」、評価を行う専門医が、公務員の立場として職務を遂行していたことが認められるから「公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであることは明らかである」
 つまり、本件報告書が文書提出義務の対象となってしまうと、早期の紛争解決のために第三者的な意見を基にして形成される、今後の相手方への対応の指針についての意見の表明を比較的短時間で行わなければならない報告事務の趨勢を医療関係者や患者側関係者にも提示しなければならないことになるが、この提出によって非難・批判がなされることは想像に難くなく、「自由かつ率直な意見の表明」をするという、報告書作成の意図や表明自体の「支障を来すこととなるおそれが十分に考えられるところであ」って、公務としての報告「の遂行に著しい支障を生じるおそれが具体的に存在すると」認められるため、本列記事項に該当する
(3)4号ニ
 本件報告書は、公務員によって作成された文書であるといえるため、本列記事項括弧書きのいう、「国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるもの」に準ずるものであると解するため、本列記事項にも該当する

として、原決定における3つの該当性不充足の判断を覆した上で、本件文書の提出義務を否定した。

2013年9月30日

重判24年度版―刑法2「列車転覆事故と鉄道会社取締役の過失」

【科目】
重判24年度版―刑法2「列車転覆事故と鉄道会社取締役の過失」

【判決日時・種類】
神戸地判平成24年1月11日
平成21年(わ)第695号:業務上過失致死傷被告事件

【収載判例集】
なし
(裁判所HP:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120406125345.pdf

【事実の概要】
 いわゆる「福知山線脱線事故」についての取締役の刑事責任についての訴訟である。

1.平成17年4月25日、JR福知山線内において、適切な制動措置を採らないままに転覆限界速度を超過したまま、急カーブに進入した列車が遠心力に耐えられず、転覆しそのまま本件現場付近のマンションに衝突し、もって同列車の乗客106名を死亡させ、同乗客493名に傷害を負わせた。

2.本件被告人は、平成5年から8年までの間に、取締役鉄道本部長兼安全対策室長(運転事故防止及び運転保安設備の整備計画担当)として、また、平成10年までの間、取締役鉄道本部長(安全問題に関する業務執行権限が付与)として職務に従事し、かつ、JR福知山線の開業に際しては、開業準備総合対策本部長として、同線の安全対策を含めた輸送改善計画の総括指揮を担当していた。

3.検察は、以下の理由により業務上過失致死傷罪で本件被告人を起訴した。
①本件被告人は、2.記載の通り、JR福知山線の開業につき担当者として安全設備等の整備を担当する者として業務に従事していた。(論点1)
②もし、本件事故の発生した曲線区間にATS(Automatic Train Stopdevice)が整備されていれば、本件事故は発生しなかった。(論点2)
③被告人が出席する鉄道本部の会議において、速度超過による脱線転覆事故としてJR北海道函館線の事案が取り上げられていた。(論点3)
④高輸送密度路線にATSの整備が順次進められていたJR西日本において、福知山線が右路線に該当していた(論点4)
⑤被告人は、③・④に照らせば本件の曲線区間において速度超過による脱線転覆事故が発生することを容易に予見できた。(論点5)
⑥つまり、被告人が本件曲線区間にATSを整備するよう指示を出すべき義務を負っていたにもかかわらず、それを怠った。(論点6)


【判旨】
無罪(確定)

1.論点1について
 検察官主張の、被告人に刑事上の責任が生ずるとされる期間においては「JR西日本の鉄道事業に関する安全対策の実質的な最高責任者であ」り、「乗客らに死傷事故が発生することを防止するべき立場にあった」

2.論点2について
 本件曲線は「列車転覆が生じる危険性を有しており、......優先的にATSが整備されるべきであった」し、ATSが導入されていれば、「本件曲線入口までに,制限速度近くまで本件列車を減速させることは可能であり,本件事故の発生を回避することができた。」

3.論点3について
 函館線における事故はその態様から「曲線手前での速度調節がされないまま曲線に進入して生じた本件事故とは事故の様相が大きく異なるものである」から 「函館線仁山事故がJR西日本管内に多数存在する曲線の中から本件曲線について脱線転覆の危険性を認識させる事故であったと」いうことは「認められ」ない。

4.論点4について
 高輸送密度路線の基準に該当していたという事実も、「一般的な整備の目的」である、「乗り心地の維持」や「大幅な制限速度超過による脱線転覆防止」と,「JR西日本においてATS......が整備され,あるいは整備が見込まれる個別の曲線が客観的に速度超過による脱線転覆の危険性を有するかは別の問題であ」って「転覆の危険度の高いあるいは転覆のおそれのある曲線の判別に資するものとは認められない。 」

5.論点5について
 論点3・4に照らしてみると、「被告人が周囲から本件曲線について進言等を受けないまま,JR西日本管内に多数ある曲線の中から本件曲線について脱線転覆の危険性の認識を抱かせるような事実であったとは認められず,被告人が,これらの事実をすべて認識していたと仮定しても,被告人が本件曲線の脱線転覆の危険性について現に認識していたとは認められず,その危険性を容易に認識し得たとも認められない」

6.論点6について
 「予見の対象とされる転覆限界速度を超えた進入に至る経緯は漠然としたものであり,結果発生の可能性も具体的ではな」いし、「に本件曲線へのATS整備を義務づける法令等の定めはなく,鉄道業界においてもATSの整備対象となる曲線の基準は様々であ」って、必ずしも、本件曲線にATSを整備しなければならない義務を負っていないということは、上記の論点から認められる。

2013年9月14日

重判24年度版―民法1「違法建物の建築を目的とする請負契約が公序良俗違反とされた例」

【科目】
重判24年度版―民法1「違法建物の建築を目的とする請負契約が公序良俗違反とされた例」

【判決日時・種類】
最二判平成23年12月16日

【収載判例集】
判時2139号3頁
判タ1363号47頁
金法1959号102頁

【事実の概要】

1.基礎となる契約
<契約の種類>
A-Y間において,Aを注文者・Yを請負人とする建築請負契約(本件契約)
<契約の内容>
 ①本件契約において,完成後に予定されている建物賃貸借の採算の関係により,違法な建物を建築する
 ②手筈として,建物建築の際に一旦適法な建築を行った上で,同建築の完了後に改めて該当場所を違法な建築へと変更する工事を施行する

※なお,本件契約締結後,YはXとの間で当該契約について,Yを注文者・Xを請負人とする下請契約を締結しており,契約の内容についてYから説明を受け,Xはこれを了承していた

2.事実の経過
(1) 建築確認申請及び同確認がなされ,着工された後に,当該建築物を管轄する区役所が当該建築物が違法なるものであると知り,Xは違法を是正する追加変更工事を行わざるを得なくなった。
(2) そこでXは,本件建築物に対し追加変更工事を行った上,当該建築物をYへ引き渡したが,Yは,工事代金として当初予定されていた(追加工事にかかった費用を含まない)額をXに支払うにとどまった。
(3) Xは,追加工事にかかった費用についての支払を求めて,原々審(東京地裁)に出訴―本訴請求
(4) Yは反訴として建造物の瑕疵に基づく損害賠償を請求―反訴請求

3.原々審の判断及び経過
 建築基準法(及び付随する法規)違反による当該契約の無効については何ら検討することなく,本訴・反訴請求それぞれを一部認容
 XY両者ともに控訴(東京高裁)

4.原審の判断及び経過
①建築基準法違反があるからといって,かかる建築請負契約が直ちに無効になるとはいえない
②しかし本件契約は全体として強い違法性を帯びている
③したがって社会的妥当性の観点から本件契約の効力を是認できない
④よって,強行法規違反ないし公序良俗違反である
として,本件契約の効力を否定し,XY両請求を棄却
Xのみが上告

【判旨】
破棄差戻し


<本件契約について>
①本件契約の内容は,「確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現するという,大胆で,極めて悪質なもの」である
②本件契約によって違法な建物が建築されたとすると,「居住者や近隣住民の生命,身体等の安全」を著しく害することとなる
③かような違法がある建物は,一たび建築が完了してしまえば「事後的にこれ(違法)を是正することが相当困難」であるものを含んでいることも窺い知れる
☟よって
本件契約における違法性は軽微なものとはいえない
☟また
④本件における上告人(の管財先)たるXは,本件契約における違法につき十分覚知しており,かつかような要望をしてきたYに反論することのできる立場であった
☟つまり
XはYに対し従属的な関係にあったとはいえない
↓これらを総合すると
「本件各建物の建築は著しく反社会性の強い行為であ」り,「本件各契約は,公序良俗に反し,無効である」



<追加変更工事について>
①本件契約に基づく違法建築を是正するために行われたのが本件追加変更工事である
②XY間における別途の合意によって本件追加変更工事が施工された
☟よって
本件追加変更工事は,「(本件契約による)工事の一環とみることができない」
☟そうすると
a)本件契約に基づく違法な建築であるある部分は公序良俗に反する
b)本件追加変更工事により,違法が是正された部分は適法なもの
という分類をしなければならず,原判決は破棄を免れず,さらに審理を尽くさせるため,本件を原審に差戻す。

2013年9月13日

【私見】自由民主党憲法改正草案について②―前文

 では、さっそく綴りたいと思います。

 現行憲法における基本原則や成立・宣言など、以降続く各条文のエッセンスとして置かれているところの前文。
 エッセンスではあるものの、この文言は法的な性質を有すると解されており(芦部・37頁)、憲法の改正についての質的な限界を定めているとしています。
 しかしながら、前文には、裁判において判断の基準とされるための効力は認められてはおらず、裁判所という国家機関へ訴えを提起する根拠や、実際に判決などが出たときの拘束力を認めうる根拠にはならない、という風にいわれており、中途半端な位置にあります。
 前文を読んで理解することは、現行憲法の理想とする「日本国」の在り方を俯瞰することにつながるということもいえるので、ここでは、現行憲法における前文と、自民党提示の「日本国憲法改正草案」のそれをそれぞれみていきたいと思います。

1.現行憲法における前文
 まずは、全文を確認してみましょう。
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 ということで、 1946年に公布されたものであるが故か、文語体による表現が用いられており、少々読みづらいですね。
 段落ごとに区切ってみたので、それぞれ上から1・2・3・4項と呼称することにします。
 1項においては、①民主主義の採用,②国際協調主義の標榜,③平和主義,④国民主権の宣言をし、
2項では平和的生存権の確認(③・④の再定義)、
3項では国際協調主義についての宣明(②の確認)、
4項において1~3項の理想達成への意気込みを、それぞれ示しています。



2.「日本国憲法改正草案(改憲草案)」における前文
 では、改憲草案ではどのような記載となっているのでしょうか。

 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。


 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。


 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。 

 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。


 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

  さすがに現代の文ですので口語体による表記に改められていますね。
 ここでも、先の例に倣って一番上の段落から番号を振ります。
 1項では、①象徴天皇制の確認,②国民主権の明記,③三権分立制の明確な導入が、
2項では、④第二次世界大戦の反省,⑤平和主義,⑥国際貢献への意気込みが、
3項では、⑦日本国民としての基本的人権の尊重,⑧相互扶助主義が、
4項においては、⑨国家成長政策の基本理念が、
5項に憲法制定の意気込みがそれぞれ示されています。


3.批評
 一見すると、前文としては非常に完成度の高いものになっていますが、改憲草案は、憲法そのものの性質をスルーしている節が見受けられます。
 それは、改憲草案の3項についてです。
 今一度、3項をみてみると
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。 
とされており、主語が「日本国民」とされております。
 現行憲法においても、主語が「日本国民」とされている条文が存在しますが、ここでいう「日本国民」とは、その性質が異なることが分かります。
 すなわち、現行憲法における主語としての「日本国民」は、『基本的人権を享受する主体』としての地位を前提にした条文の下に使われているのですが、改憲草案における「日本国民」は、『憲法の理想とする国家を形成するための義務を課す主体』としての地位であることを前提にしているように見受けられるのです。
 なぜなら、改憲草案では、「日本国民は、......守り、......国家を形成する」という表現が用いられており、これは、日本国民が国家を形成する上で、憲法の理念に則って一定の義務(「守り」という文言より)を課することを企図しているので、ニュアンスが現行憲法上の「日本国民」とは異なってしまっているのです。
 では、主語としての性質が異なることの何が問題となるのでしょうか、その答えを知るためのキーワードは「立憲的意味の憲法」です。
 「立憲的意味の憲法」とは、近代市民社会の成立を語る上で最も重要といわれている、「国家権力の抑制を条文化して、国家権力に遵守させることによって、国民の基本的人権を守る」という観点のことをいい、憲法を制定する上で、最も考慮されるべき概念です。
(※詳細についてはhttps://www.dropbox.com/s/yrzg1e61bbeve1x/%E6%86%B2%E6%B3%95%EF%BC%88%E7%B7%8F%E8%AB%96%EF%BC%89.pdf 2頁以下参照のこと)
 つまり、改憲草案においては、憲法の根本的な原則である「国家権力抑制」と同等のものとして、副次的であるべき「国民に対する義務」を扱っている、と解することが出来てしまうのです。
 かような意図がなかったとしても、エッセンスとして憲法を構成する前提となるべき前文において、並列的に「国民に対する義務」を規定するのは、些か問題なのではないのでしょうか。
 「立憲的意味の憲法」を最優先のものとして構成をしない限り、国家権力の恣意を介入させてしまう可能性を飛躍的に上昇させてしまうため、改憲草案の前文3項は、前文に置くべき内容ではないと思います。

【私見】自由民主党憲法改正草案について①―Introduction

 閑話です。
 2020年に東京でオリンピックが開催されることが決定し、第2次安倍内閣の経済政策の大要が明らかになってきましたね。
 現状におけるオリンピック開催については所論あり、夫々が思うところを忌憚なく発信していますが、「オリンピックの開催」という大きな目標が出来たことにより、先の大震災からの復興を加速させる着火剤になるのではないのでしょうか。
 さて、経済対策がひと段落着くと、次に槍玉に挙げられるのは、内政(殊に統治)についてであろうかと思われます。
 今、最もホットな内政・統治における話題は、「憲法改正」です。
 先日(9月7日)には、民主党の枝野氏が憲法9条改正私案を提示し、ニュースとなりました。
(もっともオリンピック招致のトピックの裏に隠れてしまっており、尚且つ下火の政党の案であるため、大々的には報道されてはいませんでしたが)
 この私案については、明言することを避けさせていただきますが、「もし、(集団的)自衛権の行使が容認されたとするならば」という前提に立った場合には、権力の恣意を排除しより適切なコントロールを及ぼさせることが出来るように、要件を可及的具体化することは、非常に重要なことであると思われますので、この点については、粗方賛同です。(ただし、具体的な条文を検討していないので、批評は控えさせていただきます)
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『自衛権行使の要件明文化 民主・枝野氏が9条改憲私案』"MSN産経ニュース"(2013/9/7)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130907/stt13090719130005-n1.htm
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 また、前回の総選挙において政権に返り咲いた自由民主党は、その選挙公約の中で、「日本国憲法改正草案」を発表し、この草案の実現を謳っています。
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『自民党政策サイト』
https://special.jimin.jp/political_promise/
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 先の参院選においても議席数を伸ばした自民党の改憲草案は、わが国の民主主義における統治制度で一番実現可能性が高いので、検討をする必要があります。
 そこで、このブログにおいては、私見として「日本国憲法改正草案」を解釈し、その妥当な点と問題点を明らかにしていきます。
 なお、すべての条文について検討をするのは時間的にも能力的にも困難を極めることが予想されるので、現行憲法とその文言が著しく異なるもので、特に問題となり得るであろう部分を抜粋して検討をしていきます。
 また、抜粋したとしてもそこそこ連続することになろうかと思いますので、分割して提示していこうと思います。

2013年9月12日

重判24年度版―刑法1「トラックのハブ輪切り破損事故とトラック製造会社の品質保証業務担当者の過失」

【科目】
重判24年度版―刑法1「トラックのハブ輪切り破損事故とトラック製造会社の品質保証業務担当者の過失」

【判決日時・種別】
最三決平成24.2.8

【収載判例集】
刑集66巻4号200頁
判時2157号133頁
判タ1373号90頁

【事実の概要】
 本件は,トラックのハブが走行中に破損したことによってタイヤが外れ,歩道上にいた母子らを死傷させたとして,被告人(同車を製造販売するA社の品質保証業務担当)が業務上過失致死傷罪(刑201)に問われた事件である。(所謂「瀬谷事故」)

第1審において,検察側は
・事故の原因となったハブが強度不足のおそれがあった(原因)
・ハブの強度不足による死傷事故の発生は予見できた(過失の基礎)
・にもかかわらずリコールなどの実施に必要な措置を漫然と怠った(過失の認定)
・よって本件事故を発生させた(結果)
として,業務上過失致死傷罪の成立を主張。

これに対し,被告人らは
・ハブにはリコール対象となるような強度不足は存在しない(防禦①⇒原因)
・車両ユーザーの整備不良・過酷な使用が原因である(反証)
・したがって,予見可能性及び結果回避可能性は認められない(防禦②⇒過失の基礎・認定)
・よって,被告人らの行為(不作為)が本件事故を発生させたとはいえない(否定⇒結果)
と主張した。

第1審・横浜地裁は
・ハブの破断事故の発生頻度等からハブの強度不足の欠陥が存在したと推認(原因)
・被告人らの職責に照らせば,予見可能性及び結果回避可能性が認められる(過失の基礎)
・したがって,被告人らの過失責任を認め(過失の認定)
・よって,本件事故を発生させたと推認することができる(結果)
として,禁錮1年執行猶予3年の判決を下した。

これに対し,被告人らが東京高裁に控訴。

第2審・東京高裁は
・本件における最大の争点は,ハブに強度不足の欠陥があった点についてではなく,事案処理当時に客観的にハブの強度不足を疑うに足りる状況があったかにより決すべきである(原因・過失の基礎の再定義)
・客観的にみれば,ハブに強度不足があったということが優にいえ,,被告人らにリコールすべき義務が生じており,当該義務を履行していれば事故発生を予防できたから,結果回避可能性が肯定される(過失の基礎)
・したがって被告人らに過失責任が生じる(過失の認定)
として,本件控訴を棄却した。(結果)

これに対し,被告人らが上告。


【判旨】

上告棄却

(原因について)
原審・原々審認定の事実関係に照らせば,強度不足は認められる

(過失の基礎について)
ハブの強度不足によって生じることが「予測される事故の重大性,多発性に加え」本件瀬谷事故をはじめとする一連のハブ脱落事故についての情報は,A社が一手に引き受けており,被告人らに与えられた「品質保証部門の部長又はグループ長の地位」として,当該「ハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因する……事故の更なる発生を防止すべき業務上の義務があった」。

(過失の認定について)
過失の基礎たる業務上の義務に対する違背は,危険の現実化を招いたものであり,因果関係を認めることができ,過失があったといえる。



2013年8月31日

重判24年度版―憲法2「裁判員制度の合憲性」

【科目】
重判24年度版―憲法2「裁判員制度の合憲性」

【判決日時・種別】
最大判平成23年11月16日

【収載判例集】
刑集65巻8号1285頁
判時2136号3頁
判タ1362号62頁

【事実の概要】
(1)被告人甲は、覚せい剤取締法および関税法違反で起訴された。
(2)現行裁判員制度の下においては、「死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件」(裁判員法2条1項1号)と「裁判所法第二十六条第二項第二号に掲げる事件であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの(前号に該当するものを除く )」(同2号)に該当する事件を、裁判員裁判の対象としているところ、本件においては、覚せい剤の営利目的輸入行為(覚せい剤取締法41条2項)の法定刑に無期懲役が含まれることから、裁判員裁判の対象となった。
(3)一審は、甲を懲役9年及び罰金刑に処した。
(4)甲は、事実誤認・量刑不当の主張とともに、裁判員裁判制度が違憲であるとして高裁に控訴した。
(5)控訴審が甲の控訴を棄却したため、甲は上告の申立てを行った
裁判員裁判の部分についての上告申立ての理由として、甲は、
①憲法上、所謂「国民の司法参加」を予定した規定が置かれていないこと
②職業裁判官以外の者も構成員となる裁判員制度は、憲法32条(裁判を受ける権利),37条1項(刑事裁判の公開及び公平・迅速な裁判の保障),76条1項(司法権),31条(罪刑法定主義),80条1項(下級審裁判官の身分)に違反すること
③裁判員裁判制度は、裁判員の判断が裁判官における判断に大きく影響を与え、これに拘束されることから、裁判官の独立につき定めた憲法76条3項に違反すること
④裁判員を含む裁判体は、法の予定した通常裁判とは異なるため、特別裁判所設置の禁止を定めた憲法76条2項に違反すること
⑤裁判員制度の運用上、特段の理由なき場合を除き国民が裁判員になる義務を免れ得ないことは、国民の意に反する苦役を義務とすることになるため、憲法18条後段に違反すること
を挙げた。

【判旨】
上告棄却

1)理由①について
 国民の司法参加と刑事裁判制度は「十分調和させることが可能であり、……(裁判員制度を始とした所謂「国民の司法参加」が)禁じられていると解すべき理由」がない。
 ↓そのため
 『国民の司法参加』の違憲如何については、「具体的に設けられた制度が、適正な刑事裁判を実現するための諸原則に抵触するか否か」において決せられるべきである。
↓つまり
 「憲法は、一般的には国民の司法参加を許容しており」、その手段として適正な刑事裁判の実現のための諸原則に抵触しない程度で、「陪審制とするか参審制とするかを含め、その内容を立法政策に委ねている」と解することができる

2)理由②について
 1)を前提として、裁判員の負う義務とその内容等を鑑みると、「必ずしもあらかじめ法律的な知識、経験を有することが不可欠な事項ではな」く、また、裁判員裁判制度の対象となる審理においては、「裁判長は、裁判員がその職責を十分に果たすことができるように考慮しなければならないとされて」いる。
↓つまり
 裁判員制度は、「(裁判員の)様々な視点や感覚を反映させつつ、裁判官との協議を通じて良識ある結論に達すること」を目的とするものである。
↓また
 憲法上の刑事裁判の適正のための諸原則の保障は、職業裁判官により確保されていると認められる。
↓なぜなら
 裁判員裁判対象事件における裁判体では、職業裁判官は「身分保障の下、独立で職権を行使することが保障され」ているためである。
↓諸点を鑑みると
憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項違反をいう所論は理由がない

3)理由③について
 憲法が「国民の司法参加を許容している」と解する以上、立法政策として制度化された裁判員制度については、「憲法に適合する法律に拘束される結果」としての結論に従うことになるから、「同項(憲法76条3項)違反との評価を受ける余地はない」  

4)理由④について
 「裁判員制度による裁判体は、地方裁判所に属」し、上訴手段が残されていることから特別裁判所には当たらない

5)理由⑤について
 「司法権の行使に対する国民の参加という点で参政権と同様の権限を国民に付与するものであ」るし、「辞退に関し柔軟な制度を設けて」いることに「加えて、出頭した裁判員又は裁判員候補者に対する旅費、日当等の支給により負担を軽減するための経済的措置が講じられている」ことに鑑みると、「これを「苦役」ということは必ずしも適切ではない


【まとめ】
 裁判員制度をはじめとする、国民が司法権に関与する権利として保障されるべき、所謂「国民の司法参加」については、
①適正な刑事裁判実現のための諸原則に抵触せず
②国民において「苦役」とされないような各種措置が同時に法定され
③被告人の上訴の利益保護を図ったうえで通常裁判所の審理として
なされる場合には、その制度の根幹の方針(参審制とするか陪審制とするか)を含めた、諸政策は立法に任される性質のものであり、これらが認められる限度においては、違憲となる余地を生じない。

2013年8月27日

ニュース1 日テレ社員強制わいせつ事件不起訴①(刑法的視点)

    「強制わいせつ容疑で逮捕の日テレ社員を不起訴」 | テレ朝NEWS 
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000011291.html
-----------------------------------以下、引用------------------------------------

 東京都内のホテルで19歳の少女(乙)に無理やりキスをしたなどとして逮捕され、処分保留となっていた日本テレビの男性社員(甲)について、東京地検は不起訴処分にしました。
 日本テレビの男性社員(46)は5日、港区のホテルの部屋で、当時19歳の少女を押し倒して無理やりキスをしたり、胸を触ったとして逮捕・送検されました。男性社員は、警視庁の取り調べに「キスは相手も納得していた。胸は触っていない」と容疑を否認していました。東京地検は、この男性社員を21日に処分保留のまま釈放していましたが、26日付で不起訴処分としました。被害届を提出していた少女側と示談が成立したものとみられます。 
※引用内、(斜体) は筆者によるもの
 -----------------------------------引用終わり------------------------------------

 上に示したニュース記事は、強制わいせつの容疑で逮捕されていたテレビ局勤務の男性が、不起訴処分となったというものです。
 男性にとっては大変恐るべき事態のひとつに挙げられる、性犯罪の嫌疑を題材に、刑事法分野の関連する事項について検討していきましょう。

1.刑法的視点
(1)俯瞰
 本件事案は、甲が乙に対し強制的にわいせつな行為をしたとして逮捕されたものであり、嫌疑の対象となる事実が該当すると思われる条文は、刑法第176条となります。
 同条は、「十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。」としており、構成要件を分解してみると、
①十三歳以上の男女(客体)
②暴行又は脅迫を用い(手段)
③わいせつな行為をした(結果)
となるので、以下、それぞれについて検討してみます。

(2)①客体について
 客体は、「十三歳以上の男女」です。同条は、後段に「十三歳未満の男女に対し」とする規定も置いていますが、本件の客体である乙は19歳なので、ここでは後段についての検討は割愛します。(ちなみに、十三歳未満に対しては、②の手段による制限が付されていないため、たとい同意があったとしても同罪を構成するとしています)
 年齢の計算については、年齢計算ニ関スル法律(明治35年12月2日法律第50号)が定めるところにしたがっています。本件においては、客体の年齢の認識に錯誤(「13歳以下だと思った」などという勘違い)があったとの主張はないため、特に問題とはなりません。

(3)②手段について
 次に、手段(態様)について考えて見ましょう。本件の客体は19歳なので、176条1項前段に該当するか否かについてみていくことになります。
 同項前段は、「暴行又は脅迫」を手段とした行為を処罰の対象としています。
 では、ここでいう「暴行」あるいは「脅迫」とはどのようなもののことをいうのでしょうか。
 「暴行」や「脅迫」といった概念は、実はこの条文だけではなく、刑法典(いわゆる刑法といわれる条文群)においてのみでも、暴行罪(208条)や脅迫罪(222条)・公務執行妨害罪(95条)・加重逃走罪(98条)・騒乱罪(106条)・強姦罪(177条)・強盗罪(235条)などがあります。
 実は、これらの条文で用いられている「暴行」や「脅迫」は、必ずしも同じ定義の下で基準として機能するものではなく、広狭があるといわれています。
 どのような広狭があるかについては、論者によってまったく異なるので、一様に「これが暴行・脅迫概念の広狭だ!」とはいえませんが、広狭についてまとめた文書も提示しておきますので参照してみてください。

 参照文書にしたがって、強制わいせつ罪をみると、いわゆる最狭義の「暴行又は脅迫」であるといえます。
 同文書の脚注にも示しましたが、強制わいせつ罪が最狭義の「暴行又は脅迫」である所以は、その罪が認められることよって与えられる社会的サンクション(社会において「変態」というレッテルが貼られて、通常生活が送れなくなる)や法定刑(法律が定める罪の軽重)の重さ―懲役六月以上十年以下―にあり、罪の認定も慎重です。
 本件も多分に漏れず、立件をしない、という判断を下した根底には、このような理解があったから、といえるのではないのでしょうか。
 
(4)③結果について
 結果として「わいせつ」性を有する行為に至ったことが三つ目の要件となります。
 ある行為が、「わいせつ」なものであったか否かについて検討するときに、よく引用される判例があります。
 「四畳半襖の下張」事件判決(最判昭和55.11.28 刑集34巻6号433頁)です。
 この判例は、「チャタレイ夫人の恋人」事件(最大判昭和32.3.13 刑集11巻3号997頁)や「悪徳の栄え」事件(最大判昭和44..10.15 刑集23巻10号1239頁)という、表現の自由についての重要な判決の総まとめみたいな基準を定立した判例と評価されています。
 
----------------------------以下、上記判例の引用----------------------------------
 文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」(前掲最高裁昭和三二年三月一三日大法廷判決参照)といえるか否かを決すべきである。
傍線は筆者によるもの 
 -----------------------------------引用終わり------------------------------------

 この判例は、文書に対するわいせつ性についての価値判断を定立したものであるといわれていますが、傍線部に注目すると、このような理解は、文書であらずとも、単なる人の行為であっても適用できるものではないのでしょうか。
 具体的に、ある行為が「わいせつ」であったか否かを検討するときにもこの基準を適用できるというのならば、犯罪の主体である被疑者(被告人)の主観において、嫌疑のかかる行為を専ら性欲を満足させるためであったと認識しており、かつ一般人からして性的な行為に外ならないと判断されるようなものであった場合にのみ「わいせつ」な行為であったと評価されることになるわけです。
 では、本件は果たしてこの要件を満たしていたといえるのでしょうか?
 ニュース記事からは、甲が乙に無理やりキスをした、ということが読み取れますが、果たして、本当にキス自体が強制的に行われたものであったのか(任意性の否定・強制性の認定)、様々な捜査をしてみなければ分からないでしょう。

 この点は、検察官も真偽が不明だったためか、処分保留という宙ぶらりんな状態にしておいて、捜査が煮詰まるのを待っていたわけですが、示談が成立してしまったために、不起訴処分としたのではないでしょうか。

(5)まとめ
 本稿では、まず刑法における諸々の関連する論点を挙げて、本件がどういうものであったのかを検討しました。
 このニュース記事については、実体法的観点からだけではなく、手続法的観点からも検討することが可能なのですが、あまりも稿が長引くのはよろしくないと判断したため、刑法に関する部分のみを俯瞰しました。
 また後ほど(次稿)、今度は手続法的観点からの俯瞰をしてみようと思いますので、どうぞお付き合いください。

2013年8月21日

閑話①

あれだな、気になるニュースとか、法的分析をしたくなるような事項があったらこっちに投稿するようにしようかな。
TwitterでTLを占拠するのは気が引けるし、なかなか140字前後で分節しつつ記述するのは、多少の無理があるし。
もっとも、このブロクは勉強の糧にするために作ったにもかかわらず、全く役に立っていないことに鑑みると、有効活用の方法を考えなければいけないと思ってたところだし。

憲法1-2.わが国における憲法適合性審査基準の変遷(「二重の基準」採用前まで)

【科目】
憲法

【概要】
憲法適合性審査基準についての検討(2)

【詳説】
2.所謂「二重の基準」論までの変遷
(1) 序論
 わが国の憲法適合性審査の変遷を辿る上で、不可欠な要素として挙げられる「二重の基準(Double Standard)」は、アメリカの判例法理であると説明されることが多いが、アメリカにおけるものと、日本の憲法学上の通説として捉えられているそれとは、異同が生じている。
 これは、法解釈自体が各国の、或いは裁判官各自の価値判断に任されており、必ずしもそれぞれの間に連関を見出すことができないためである。
 本稿においては、理解の混乱を避けるため、日本におけるそれを主に説明するにとどめ、アメリカ判例法理における議論が、わが国の裁判例に影響を与えたものに関してのみ適宜紹介することとする。
(2) 前提
 では、わが国における「二重の基準」について検討していくが、ここで注意していただきたい点として、①わが国の通説的見解を形成したといわれる芦部博士における「二重の基準」と、最高裁が拠っていると芦部博士が分析する「二重の基準」は、その適合性審査の過程において用いられる判断基準が異なること、②必ずしもわが国の最高裁がすべての場合において「二重の基準」を採用しているとはいえないこと、が挙げられるため、これらを念頭に入れるべきである。
(3) 本論―判例における「二重の基準」採用までの理解
 まず始めに、最高裁が拠っているとされる「二重の基準」について検討する。
 わが国における憲法適合性審査は、「公共の福祉」概念と密接な関係を有すると理解されており、現に「公共の福祉」を人権章典の制約上、如何なる位置づけにするかによって、判断準則を変遷させてきたといわれている。
 まず、日本国憲法成立初期(1945~1960年前後)における、最高裁の「公共の福祉」に対する理解は、外在的制約説であったと解されている。
 外在的制約説とは、人権章典に掲載されている基本権(基本的人権)については、すべて「公共の福祉」を及ぼすことができると解し、憲法に明文化されている「公共の福祉」なる文言については、人権条項の欄に記載があるが、人権の埒外にあると解するものである。
 したがって、原則―制約可能・例外―不可侵、という形で人権章典が制定されていた、と解するのである。
 この説は、明治憲法が適用されていた戦前における「法律の留保」原則と同旨の理解に基づいているとされており、国家機関による安易な人権制約を惹起させてしまう、という批判的見解が主張されていた。
 かような批判を乗り越えるべく、最高裁は、それまでの判例において理由としてきて述べてきた、外在的制約説に基づく、安易な「公共の福祉」論の適用を改め、「公共の福祉」自体、人権章典の一部を構成する原理として、その適用は自ずと基本権による制約を受ける、という内在的制約説へ変更していったといわれている。
 この点、参考となる判例として、全逓東京中郵事件(最大判昭和41.10.26 刑集20-8-901)が挙げられ、その理由において、「国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然の内在的制約として内包している」と判示した。
 内在的制約説は、公共の福祉を、人権相互の矛盾・衝突を避けるための実質的衡平達成方法であると解し、かような方法は、憲法典に明記されておらずとも、法の一般的な要請から論理必然的に内在するものであるとする。
 実質的衡平を図るための規定であるが故、その具体的な達成方法は、各人権条項の保護の目的に応じて個別的に検討されることが要求され、その判断基準についての共通項としては、「必要最小限度(自由権保障規定について)」,「必要な限度(自由権保護のために設けられた社会権保障規定について)」といった、抽象的な文言が設定されるにとどまった。
 そのため、共通項たる抽象的文言の曖昧性は法的安定を欠くものであり、憲法適合性審査基準としては不相応であるという批判が加えられるようになり、またもや論理の修正が必要となった。
 そこで、最高裁は、憲法における保障につき序列を与えた上でその序列に従って、適合性審査の基準を分化させる「二重の基準」を採用した、といわれている。
 もっとも、最高裁自身が「二重の基準」による審査をする、と明言したものではないため、判例が出された後にその理由を検討するうえで学説において主張された、と理解するのが妥当であろう。
 こうして、日本における学説による判例分析の一として「二重の基準」を検討する土壌が構築されたのである。
(5)小括
 以上、戦後(すなわち、日本国憲法施行後・最高裁判所発足後)における「二重の基準」論が展開されるまでを辿ってきたが、稿内でも幾たびか、「判例は、必ずしも二重の基準に基づく適合性審査をしているとは限らない」旨を記述しているが、あくまで、「二重の基準」は、法学者が戦後の判例を総体として理解する際の便宜を図るために設定したものであり、特に裁判所が「二重の基準」を採用するということを言及したわけではない。
 したがって、最高裁判例を別の視点から再構成することも可能であり、現に、(人権章典の分野に限られるが)ドイツ判例法理的な解釈として紹介される「三段階審査基準」なるものによる分析もなされている。
 そのため、「如何なる審査基準によることが人権保護にとっての最善解となるか」ではなく、「事後的な判例評価の手段として如何なる基準であると設定すべきか、あるいはそこから帰結する基本権の最大限の保護に、より資するであろう基準は如何なるものか」という視座により、憲法適合性審査基準を理解することが、本稿を理解する一助になろうかと思われる。
 歴史としての日本国憲法学は、他の法学分野よりも時的経過がないため、精緻な分析がなされていないという現状があるのが事実であり、更なる発展には、様々な角度からの分析を要することになろう。
 よって、本稿は日本国憲法学における判例・学説評価をはじめとした、俯瞰的観測による理論分析を可能とするために利用されることが望ましいといえることを付言し、第2節の結びとする。

【まとめ】
 わが国の憲法の体系を理解するために、これまでの最高裁が採用してきたと理解されている学説を俯瞰した。
 詳細については、【詳説】を参照のこと。

2013年8月12日

憲法1-1.憲法適合性審査基準のあらまし

【科目】憲法

【概要】憲法適合性審査基準についての検討(1)

【詳説】
1.憲法適合性審査基準のあらまし
(1)
 わが国における憲法適合性審査基準は、法令あるいはその適用が憲法適合性の点で問題となった各種判例の帰納的分析により導出された、講学上のものであり、事案の性質に応じた問題解決に当たり拠るべき判断のメルクマールとなっている。
 ある法令ないしその適用が憲法に適合するか否かについての判断は、原則として、各事件における事実及び証拠によって区々となるものであり、必ずしも類似の全事例で適用されるべき一般的な基準が立てられないのが、付随的審査に基づく憲法審査の限界である。
(2)
 わが国の現在の憲法学における、憲法適合性審査基準についての帰納的分析の成果として挙げられる通説的な見解は、所謂「二重の基準(Double Standard)」と呼ばれるものである。
 この基準については、次項において詳述するが、現行日本国憲法の解釈には、その草案が英米法、殊にアメリカ判例理論に大きく影響を受けたものとなっていることから、アメリカの判例基準が用いられることになったといわれている。
 "Double Standard"と”二重の基準”は、必ずしも同一のものと解することはできないが、根底となる理論構成については、共通する点が多い。これらの共通点については、別稿において検討することにするが、共通点があることには留意すべきである。
(3)
 そのため、多くの憲法学者はアメリカ合衆国憲法の体系的理解及び連邦最高裁判所(Supreme Court of the United States 、以下SCOTUS)の判例解釈を通じて、わが国の憲法論を構成するよう試みた。
 その中で、わが国の憲法学における通説的見解を構成したといわれているのが、芦部信喜博士である。
 彼は、戦前の大日本帝国憲法(明治憲法)下における憲法学の通説といわれる見解を主張した宮澤俊義氏に師事し、師の見解を承継した上で自説を構成したといわれている。
(4)
 本稿においては、
①まず現行日本国憲法下における憲法適合性審査基準についての通説的見解である「二重の基準」論を(ⅰ)判例に立脚した分析,(ⅱ)芦部博士の主張する見解に立脚した分析に分けて検討する。
②そののち、現在わが国の憲法学者において有力に主張されている審査基準である「三段階審査基準」に焦点を当て、かような基準がいかにして生まれ、わが国において主張されるに至ったか、そして、通説的見解たる「二重の基準」との比較を通じて、その利点・欠点を詳らかにする。
③最後に、近時の判例を上の2つの基準に照らして検討することで、それぞれの基準の判断の差異を確認する。
という、3つの作業を通じて、現在におけるわが国の憲法学の実態を明らかにしていくこととする。


【まとめ】
 わが国における憲法適合性審査基準を理解するため、①所謂「芦部説」及び同説に基づく判例の検討、②近時有力に主張されているところの「三段階審査基準」にフォーカスをあて、その沿革を確認・現行制度に適合するかを検討、③「二重の基準」と「三段階審査基準」の異同を明らかにすること、を通じてわが国の憲法学における議論の実態を詳述していく。

2013年5月24日

重判24年度版―憲法1「参議院議員定数不均衡訴訟上告審判決」

【科目】
 重判24年度版―憲法1「参議院議員定数不均衡訴訟上告審判決」

【判決・決定日時】
最大判平成24年10月17日

【収載資料】
判時2166号3頁 
判タ1383号89頁
判自362号16頁

【概要】
 平成22年施行の参院選(以下、「本件選挙」という)における議員定数不均衡状態につき、憲
法に違反するに至っていたということはできない、とした事件

【詳説】

①現行選挙制度の憲法上の立ち位置

 「どのような選挙制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることになるかの決定」は「国会の裁量に委ねられて」いる
 ↓  そのため
 「投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の基準」ではなく、「他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきである」
↓したがって
 「国会によって」定められた議員定数の配分が「合理性を有するものである限り、...投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められ」ても「憲法に違反するとはいえない」
↓   しかし
 投票価値が著しく不平等な状態のまま、「相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが、国会の裁量権を超えると判断される場合には...憲法に違反する」



②現行選挙制度における議員定数配分の合理性

 合理性の検討に当たっては、まず、(選挙の対象となる)両院における組織についての憲法の諸規定の趣旨を鑑みた上で、長年の「制度と社会の状況の変化を考慮」する必要がある。
↓   そこで
 規定の趣旨についてみると、「議院内閣制の下で、限られた範囲について衆議院の優越を認め」る一方で、本来的に衆院とその権能を一にする参院においても、その立法権能を担保するために「参議院議員の任期を長期とすることで、...民意を反映し、衆議院との権限の抑制、均衡を図り、国政の運営の安定性、継続性を確保」するものである。
↓    次に
 「制度と社会の状況の変化」について検討すると、
(ⅰ)現代においては衆参両院における選挙制度が同質化していること(両院ともに比例代表制による選挙制度を導入。区割りこそ違えども、内面においては、都道府県や市町村単位によるブロックで区切られていることに共通点あり)、
(ⅱ)過去に比して参議院の役割が増大していること(いわゆる「ねじれ国会」現象」による、衆議院のストッパーとしての役割)
(ⅲ)衆議院総選挙においては、選挙区間の人口較差に対する基準が制定されたこと(判例等によって、おおむね2倍程度)
が挙げられるが、これらを考慮すると、参議院においても、衆議院同様、人口較差等に配慮した選挙区割りの検討(換言すると、「適切に民意が反映されるよう投票価値の平等の要請について配慮すること」)が要求されているといえるのである。
↓ したがって
 これら二つのファクターに基づいて、施行当時の選挙制度のままでよいとする合理性について件とすると、「参議院の選挙であること自体から」は、「直ちに投票価値の平等の要請が後退してよい」とする理由とはならず、この点において合理性は「見いだし難い」。



③先の司法府・立法府における判断の検討

 参院の選挙制度における都道府県ブロック制について、「都道府県を構成する住民の意思を集約的に反映させる」目的で制定されたものであるとした。
↓     しかし
 都道府県が「参議院議員の選挙区の単位」であることは、「憲法上要請」されたものではなく、逆にこれに固定化してしまうことで「投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続」することにつながり、「仕組み全体の見直しが必要」となってしまうのである。
↓      また
 総定数を増やすことに限界がある現状において、「都道府県を各選挙区の単位とする」選挙制度を基礎にしたまま、「投票価値の平等の実現を図る」ことは、「人口の都市部への集中」が続くわが国においては、困難であるといえる。
↓この点につき 
 参院議長の諮問機関たる参議院改革協議会専門委員会(選挙制度)において、選挙制度の抜本的な見直しが指摘されており、且つ、先述の平成21年大法廷判決も同旨の判断が示されているのである。



④ ②・③の総合考慮

 以上を踏まえて、本件選挙について検討すると、公選法の平成18年改正による4増4減の措置が講ぜられていたとしても、「選挙区間における投票価値の不均衡は、投票価値の平等の重要性に照らしてもはや看過し得ない程度に達して」いるのであって、「これを正当化すべき特別の理由」も見当たらない以上、「違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていた」というべきである。
↓     しかし
 平成21年大法廷判決により、選挙制度見直しの必要性が示唆されてから、本件選挙までには九ヶ月間しかないが、選挙制度の見直しには相応の検討期間を要すること、また、参議院において制度改革に向けての検討が行われている最中の選挙であることなどから、本件定数配分規定を改正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるものであったとはいえないため、合憲(「憲法に違反するに至っていたということはできない」の)である。


【まとめ】
国会議員定数不均衡問題の検討方法

①国会の裁量権の限界を超えているか?
②投票価値の不均衡が看過し得ない程度に達しているか?
③総合考慮の結果、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたか?

この三要件をすべて具備しているときに、違憲であると判断される。