2013年8月27日

ニュース1 日テレ社員強制わいせつ事件不起訴①(刑法的視点)

    「強制わいせつ容疑で逮捕の日テレ社員を不起訴」 | テレ朝NEWS 
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000011291.html
-----------------------------------以下、引用------------------------------------

 東京都内のホテルで19歳の少女(乙)に無理やりキスをしたなどとして逮捕され、処分保留となっていた日本テレビの男性社員(甲)について、東京地検は不起訴処分にしました。
 日本テレビの男性社員(46)は5日、港区のホテルの部屋で、当時19歳の少女を押し倒して無理やりキスをしたり、胸を触ったとして逮捕・送検されました。男性社員は、警視庁の取り調べに「キスは相手も納得していた。胸は触っていない」と容疑を否認していました。東京地検は、この男性社員を21日に処分保留のまま釈放していましたが、26日付で不起訴処分としました。被害届を提出していた少女側と示談が成立したものとみられます。 
※引用内、(斜体) は筆者によるもの
 -----------------------------------引用終わり------------------------------------

 上に示したニュース記事は、強制わいせつの容疑で逮捕されていたテレビ局勤務の男性が、不起訴処分となったというものです。
 男性にとっては大変恐るべき事態のひとつに挙げられる、性犯罪の嫌疑を題材に、刑事法分野の関連する事項について検討していきましょう。

1.刑法的視点
(1)俯瞰
 本件事案は、甲が乙に対し強制的にわいせつな行為をしたとして逮捕されたものであり、嫌疑の対象となる事実が該当すると思われる条文は、刑法第176条となります。
 同条は、「十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。」としており、構成要件を分解してみると、
①十三歳以上の男女(客体)
②暴行又は脅迫を用い(手段)
③わいせつな行為をした(結果)
となるので、以下、それぞれについて検討してみます。

(2)①客体について
 客体は、「十三歳以上の男女」です。同条は、後段に「十三歳未満の男女に対し」とする規定も置いていますが、本件の客体である乙は19歳なので、ここでは後段についての検討は割愛します。(ちなみに、十三歳未満に対しては、②の手段による制限が付されていないため、たとい同意があったとしても同罪を構成するとしています)
 年齢の計算については、年齢計算ニ関スル法律(明治35年12月2日法律第50号)が定めるところにしたがっています。本件においては、客体の年齢の認識に錯誤(「13歳以下だと思った」などという勘違い)があったとの主張はないため、特に問題とはなりません。

(3)②手段について
 次に、手段(態様)について考えて見ましょう。本件の客体は19歳なので、176条1項前段に該当するか否かについてみていくことになります。
 同項前段は、「暴行又は脅迫」を手段とした行為を処罰の対象としています。
 では、ここでいう「暴行」あるいは「脅迫」とはどのようなもののことをいうのでしょうか。
 「暴行」や「脅迫」といった概念は、実はこの条文だけではなく、刑法典(いわゆる刑法といわれる条文群)においてのみでも、暴行罪(208条)や脅迫罪(222条)・公務執行妨害罪(95条)・加重逃走罪(98条)・騒乱罪(106条)・強姦罪(177条)・強盗罪(235条)などがあります。
 実は、これらの条文で用いられている「暴行」や「脅迫」は、必ずしも同じ定義の下で基準として機能するものではなく、広狭があるといわれています。
 どのような広狭があるかについては、論者によってまったく異なるので、一様に「これが暴行・脅迫概念の広狭だ!」とはいえませんが、広狭についてまとめた文書も提示しておきますので参照してみてください。

 参照文書にしたがって、強制わいせつ罪をみると、いわゆる最狭義の「暴行又は脅迫」であるといえます。
 同文書の脚注にも示しましたが、強制わいせつ罪が最狭義の「暴行又は脅迫」である所以は、その罪が認められることよって与えられる社会的サンクション(社会において「変態」というレッテルが貼られて、通常生活が送れなくなる)や法定刑(法律が定める罪の軽重)の重さ―懲役六月以上十年以下―にあり、罪の認定も慎重です。
 本件も多分に漏れず、立件をしない、という判断を下した根底には、このような理解があったから、といえるのではないのでしょうか。
 
(4)③結果について
 結果として「わいせつ」性を有する行為に至ったことが三つ目の要件となります。
 ある行為が、「わいせつ」なものであったか否かについて検討するときに、よく引用される判例があります。
 「四畳半襖の下張」事件判決(最判昭和55.11.28 刑集34巻6号433頁)です。
 この判例は、「チャタレイ夫人の恋人」事件(最大判昭和32.3.13 刑集11巻3号997頁)や「悪徳の栄え」事件(最大判昭和44..10.15 刑集23巻10号1239頁)という、表現の自由についての重要な判決の総まとめみたいな基準を定立した判例と評価されています。
 
----------------------------以下、上記判例の引用----------------------------------
 文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」(前掲最高裁昭和三二年三月一三日大法廷判決参照)といえるか否かを決すべきである。
傍線は筆者によるもの 
 -----------------------------------引用終わり------------------------------------

 この判例は、文書に対するわいせつ性についての価値判断を定立したものであるといわれていますが、傍線部に注目すると、このような理解は、文書であらずとも、単なる人の行為であっても適用できるものではないのでしょうか。
 具体的に、ある行為が「わいせつ」であったか否かを検討するときにもこの基準を適用できるというのならば、犯罪の主体である被疑者(被告人)の主観において、嫌疑のかかる行為を専ら性欲を満足させるためであったと認識しており、かつ一般人からして性的な行為に外ならないと判断されるようなものであった場合にのみ「わいせつ」な行為であったと評価されることになるわけです。
 では、本件は果たしてこの要件を満たしていたといえるのでしょうか?
 ニュース記事からは、甲が乙に無理やりキスをした、ということが読み取れますが、果たして、本当にキス自体が強制的に行われたものであったのか(任意性の否定・強制性の認定)、様々な捜査をしてみなければ分からないでしょう。

 この点は、検察官も真偽が不明だったためか、処分保留という宙ぶらりんな状態にしておいて、捜査が煮詰まるのを待っていたわけですが、示談が成立してしまったために、不起訴処分としたのではないでしょうか。

(5)まとめ
 本稿では、まず刑法における諸々の関連する論点を挙げて、本件がどういうものであったのかを検討しました。
 このニュース記事については、実体法的観点からだけではなく、手続法的観点からも検討することが可能なのですが、あまりも稿が長引くのはよろしくないと判断したため、刑法に関する部分のみを俯瞰しました。
 また後ほど(次稿)、今度は手続法的観点からの俯瞰をしてみようと思いますので、どうぞお付き合いください。

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