2013年9月30日

重判24年度版―刑法2「列車転覆事故と鉄道会社取締役の過失」

【科目】
重判24年度版―刑法2「列車転覆事故と鉄道会社取締役の過失」

【判決日時・種類】
神戸地判平成24年1月11日
平成21年(わ)第695号:業務上過失致死傷被告事件

【収載判例集】
なし
(裁判所HP:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120406125345.pdf

【事実の概要】
 いわゆる「福知山線脱線事故」についての取締役の刑事責任についての訴訟である。

1.平成17年4月25日、JR福知山線内において、適切な制動措置を採らないままに転覆限界速度を超過したまま、急カーブに進入した列車が遠心力に耐えられず、転覆しそのまま本件現場付近のマンションに衝突し、もって同列車の乗客106名を死亡させ、同乗客493名に傷害を負わせた。

2.本件被告人は、平成5年から8年までの間に、取締役鉄道本部長兼安全対策室長(運転事故防止及び運転保安設備の整備計画担当)として、また、平成10年までの間、取締役鉄道本部長(安全問題に関する業務執行権限が付与)として職務に従事し、かつ、JR福知山線の開業に際しては、開業準備総合対策本部長として、同線の安全対策を含めた輸送改善計画の総括指揮を担当していた。

3.検察は、以下の理由により業務上過失致死傷罪で本件被告人を起訴した。
①本件被告人は、2.記載の通り、JR福知山線の開業につき担当者として安全設備等の整備を担当する者として業務に従事していた。(論点1)
②もし、本件事故の発生した曲線区間にATS(Automatic Train Stopdevice)が整備されていれば、本件事故は発生しなかった。(論点2)
③被告人が出席する鉄道本部の会議において、速度超過による脱線転覆事故としてJR北海道函館線の事案が取り上げられていた。(論点3)
④高輸送密度路線にATSの整備が順次進められていたJR西日本において、福知山線が右路線に該当していた(論点4)
⑤被告人は、③・④に照らせば本件の曲線区間において速度超過による脱線転覆事故が発生することを容易に予見できた。(論点5)
⑥つまり、被告人が本件曲線区間にATSを整備するよう指示を出すべき義務を負っていたにもかかわらず、それを怠った。(論点6)


【判旨】
無罪(確定)

1.論点1について
 検察官主張の、被告人に刑事上の責任が生ずるとされる期間においては「JR西日本の鉄道事業に関する安全対策の実質的な最高責任者であ」り、「乗客らに死傷事故が発生することを防止するべき立場にあった」

2.論点2について
 本件曲線は「列車転覆が生じる危険性を有しており、......優先的にATSが整備されるべきであった」し、ATSが導入されていれば、「本件曲線入口までに,制限速度近くまで本件列車を減速させることは可能であり,本件事故の発生を回避することができた。」

3.論点3について
 函館線における事故はその態様から「曲線手前での速度調節がされないまま曲線に進入して生じた本件事故とは事故の様相が大きく異なるものである」から 「函館線仁山事故がJR西日本管内に多数存在する曲線の中から本件曲線について脱線転覆の危険性を認識させる事故であったと」いうことは「認められ」ない。

4.論点4について
 高輸送密度路線の基準に該当していたという事実も、「一般的な整備の目的」である、「乗り心地の維持」や「大幅な制限速度超過による脱線転覆防止」と,「JR西日本においてATS......が整備され,あるいは整備が見込まれる個別の曲線が客観的に速度超過による脱線転覆の危険性を有するかは別の問題であ」って「転覆の危険度の高いあるいは転覆のおそれのある曲線の判別に資するものとは認められない。 」

5.論点5について
 論点3・4に照らしてみると、「被告人が周囲から本件曲線について進言等を受けないまま,JR西日本管内に多数ある曲線の中から本件曲線について脱線転覆の危険性の認識を抱かせるような事実であったとは認められず,被告人が,これらの事実をすべて認識していたと仮定しても,被告人が本件曲線の脱線転覆の危険性について現に認識していたとは認められず,その危険性を容易に認識し得たとも認められない」

6.論点6について
 「予見の対象とされる転覆限界速度を超えた進入に至る経緯は漠然としたものであり,結果発生の可能性も具体的ではな」いし、「に本件曲線へのATS整備を義務づける法令等の定めはなく,鉄道業界においてもATSの整備対象となる曲線の基準は様々であ」って、必ずしも、本件曲線にATSを整備しなければならない義務を負っていないということは、上記の論点から認められる。