2014年11月26日

最大判平成26年11月26日

事件名:選挙無効確認訴訟  平成26年(行ツ)第78号,79号

結果:原判決破棄・被上告人の請求棄却

概要:平成25年7月21日施行の参議院議員通常選挙(最大較差4.77倍)が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものであるとされた事案

認定事実
(1)現行制度の概要
  現行法における参議院議員選出のための選挙については,議員総定数が242人となっており,内訳は比例代表選出議員96名及び選挙区選出議員146名であるところ,3年ごとにそれぞれを半数改選することとなっている。

(2)判例の経緯

①最大判昭和58年4月27日・民集37巻3号345頁
  参議院議員選挙の投票価値不平等問題の基本的な判断枠組みを示した(下記参照)。
「どのような選挙の制度が国民の利害や意見を公平かつ効果的に国会に反映させることになるかの決定を国会の極めて広い裁量に委ねているのであ」って,「国会は,正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由もしんしやくして,その裁量により衆議院議員及び参議院議員それぞれについて選挙制度の仕組みを決定することができるのであ」るから,「国会が具体的に定めたところのものがその裁量権の行使として合理性を是認」できない程度に至った場合には,やむを得ない限度を超えたものとなる。

②最大判平成8年9月11日・民集50巻8号2283頁
  ①の示した判断枠組みにしたがい,最大較差が6.59倍に達していた平成4年選挙を「違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた」(いわゆる違憲状態)と判示した。

③最大判平成10年9月20日・民集52巻6号1373頁,最大判平成12年9月6日・民集54巻7号197頁
  ②以後に行われた2回の通常選挙につき,①の判断枠組みによって,違憲状態に至っていたとはいえないと判示した。

④最大判平成16年1月14日・民集58巻1号56頁,最大判平成18年10月4日・民集60巻8号2696頁,最大判平成21年9月30日・民集63巻7号1520頁
  平成18年公職選挙法改正による新議員定数配分規定の下における3回の通常選挙につき,違憲状態ともいわず,違憲であるともいわない判示をした
  もっとも,平成18年大法廷においては,「投票価値の平等の重要性を考慮すると投票価値の不平等の是正について国会における不断の努力が望まれる」旨の指摘がされた。
  また,平成21年大法廷においては,「最大較差の大幅な縮小を図るためには現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要」である旨の指摘がなされた。

⑤最大判平成24年10月17日・民集66巻10号3357頁
  ①の判断枠組みにしたがって,最大較差5.00倍であった平成22年通常選挙につき,「単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず」「現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる前記の不平等状態を解消する必要がある」として,2例目の違憲状態判決を示した。

(3)立法府の動き
  国会では,(2)の大法廷判決が出されるのに対応する形で幾たびかの公職選挙法改正を行っている。
  特筆すべきは,今日に至るまで,ブロック内の定員の増減をすることで若干の較差是正を行ってきたが,④の平成16年大法廷が示された後に,同年12月に参議院改革協議会の専門委員会において,現行選挙制度による選挙であった場合,各選挙区の定員数調整をしたとしても,その較差は4倍を下回ることが相当に困難である旨の意見が示されていたにもかかわらず,抜本的な制度改革がなされていなかったことである。
  もっとも,⑤判決によって違憲状態であることが示された後に,平成25年通常選挙(本件選挙)に向けて選挙区選出議員について4増4減する改正がなされている。
  また,同年改正附則には平成28年に施行される通常選挙に向けて選挙制度の抜本的見直しについて引き続き検討を行い結論を得るとの文言を付した。

判旨
   最高裁大法廷は,①大法廷判決において示された判断枠組みを用いた。
  その判断枠組みとは,(1)当該定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているか否か,(2)上記の状態に至っている場合に,当該選挙までの期間内にその是正がされなかったことが 国会の裁量権の限界を超えるとして当該定数配分規定が憲法に違反するに至っているか否かというものである。
(1)については,⑤大法廷判決において示されたのと同様に,「本件選挙当時において,本件定数配分規定の下で,選挙区間における投票価値の不均衡は,平成24年改正法による改正後も前回の平成22年選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものではある 」とした。
(2)については,認定事実(3)において示したのと同様に,本件選挙に至るまでの立法府の行動および平成24年改正公選法の附則において,「平成28年に施行される通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い結論を得るものとする」旨を明示していることに鑑みて,「本件選挙までの間に更に本件定数配分規定の改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず,本件定数配分規定が 憲法に違反するに至っていたということはできない 」として,結論として従前通り違憲状態に至っていたことを宣言したにとどまった。

 

2014年7月19日

【最新判例解説】親子確認不存在確認請求訴訟その1~裁判法的側面①~

1.事件情報および簡単な解説

平成24年(受)第1402号 親子関係不存在確認請求事件
平成26年7月17日 第一小法廷判決

⇒この文字列は,いわゆる「事件名」と呼ばれるもので,
その裁判書において,

①『どんな内容の事件』が,
②『どのような手続きを経て』,
③『いつ.,どの裁判所で』,
④『どのような裁判をしたのか』
が記載されている,裁判書の書面の冒頭に便宜的に付されているものです。
以下,それぞれについてみてみましょう。

※説明の便宜上,順不同となっています。

 

①『どんな内容の事件』について

 ①に書いてある内容を法学的に説明すると,
「当該訴訟における訴訟物の端的な表示」
ということになるのですが,よりわかりやすくいうならば,
「その事件において,当事者のどのような権利が争いの対象となっているのか」
といった感じになると思います。

 これを本件にあてはめて説明すると,
「法律上の親子関係があるように見える者の間において,本当に法律上の親子関係があるのか」
といった事が,争いの対象となっていることが,この字面からだけでも読み取れるかと思います。

 法律家は,この記載を見て,「この事件は,こういうことを争っているんだ」っていうだいだいのあたりをつけることができるので,とっても重要です。
 新聞で言うところの見出しにあたるものといえるでしょう。


②『どのような手続きを経て』について

 ②は,その判断が示された裁判所に対して,どのような経緯で主張がされたか,といった事が書いてあります。
 
 ご存知かと思いますが,日本は,原則として三審制を採用していて,

第一審裁判所⇒”控訴”⇒第二審裁判所⇒”上告”⇒終審裁判所

といった流れで,裁判が行われていきます。

第一審裁判所(一番最初に判断を示す裁判所)における判断に不服がなければ,その時点で,その裁判所がした裁判の内容が確定するのですが,その裁判に不服があるような場合には,第二審裁判所(第一審裁判所のした判断の当否を判断する裁判所)に審理・判断してもらうことができます。
 さらに.この第二審裁判所の判断に不服がある場合には,さらに終審裁判所(第一審・第二審裁判所での判断に憲法違反や,法律に定められた手続きに反する手続きが行われた場合,法律などの解釈やそれの適用に誤りがあることなど,限られた場合にのみ,その判断の当否を判断する裁判所)に審理・判断してもらえます。

 また,日本では,大きく分けると
・国家の刑罰権を行使させることが適切かどうかを判断する「刑事裁判」
・国民間や国家と国民の間に発生した紛争の解決を図る「民事裁判」
・国家がする強制的な行為が適切であったかを判断する「行政事件裁判」
という三つの機能別役割があるといわれています。

このようなことを前提として,どのような裁判がどのような手続きで行われたのかについて,
端的に示しているのが,②です。

 本件では,”平成24年(受)第1402号”となっているので,
「平成24年,最高裁判所に1402番目に書類が提出された,”上告受理申立て”事件」であるということが読み取れます。

 この文章で一番重要なのは,カッコ内の文字です。
 実は,僕自身も,カッコ内の文字全部がどのような意味を持っているのかについては,把握し切れてはいないのですが,最高裁のHP(http://www.courts.go.jp/picture/hanrei_help.html)に,なんとも便利な一覧表が掲載されているので,いつも参照しています。
 カッコ内の文字の意味が気になる方がいらっしゃったら,ぜひ参照してみてください(いないとは思いますが…)。

 
(続く?)


 

2014年7月7日

【民事訴訟法】文書提出命令その3

8.「自己利用文書」の判断方法

  判例によって示された,上記(1)(2)の要件はいかなる場合に充足して,提出義務を免れることになるのであろうか。殊に,立法担当者および判例において共通する(1)の要件該当性について検討する。

  前述の通り,(1)の要件は,「専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部のものに開示することが予定されていない文書であること」であるが,具体的にはいかなる事情が考慮されることによって,この要件該当性の有無が判断されるのであろうか。

  この点につき,前述の判旨において(1)の要件判断にあたっては,「その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断」すると示していることから,このような事情を考慮して検討することになろう。

  したがって,単に当該文書の作成者の主観的な意図として,「専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に表示することが予定されていない文書」という評価ができた場合においても,当該文書の内容が客観的にみると,外部指向性を有していたり,あるいは作成者からみて外部にあたるような者が当該文書を所有していたりするときには,本要件は充足しないものであるということができよう。

   つまり,実際にその文書が提出命令の対象となるか否かの判断は,個別具体的になされることが要求されているのである。

   当該判断は,訴訟手続の一環として行われることになるが,受訴裁判所の対審公開法廷の場でその判断をすることになると,プライバシー保護にかけてしまう恐れがある。

   そこで,法は「裁判所は,文書提出命令の申立てに係る文書が第220条第4号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは,文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては,何人も,その提示された文書の開示を求めることができない。」(2236項)とし,いわゆる『インカメラ審理』制度を導入している。

  すなわち,同項第1文において,当該文書が提出命令の対象としてふさわしいか否かを判断する場合に,当該文書を裁判所に対して提出することを求めることができ,第2文において,提示された当該文書を裁判所以外に開示することを禁止しているのであり,裁判所のみが,提示された当該文書を査読した上で,提出命令を発するのに十分な文書であるか否かの審理をすることができる,というものである。

 

9.稟議書の『自己利用文書』該当性

  稟議書とは,企業が,その内部の意思決定をする際に作成する書面であり,たとえば,銀行において,取引先の企業に対し融資をする際に,当該企業の経営状況,融資履歴,信用情報などを調査した上で,融資・貸付の有無を検討することになるが,これらの情報は,往々にして膨大にのぼるので,実際に調査をした銀行員が全ての情報を口頭で融資決済者であるところの支店長や審査部員に伝達することは,困難である。

  そこで,情報伝達の便宜や確実性を担保するために,当該銀行員がかような情報を記載した書面を作成し,それを融資決済者に提出することで,スムースな運用をしていくようになった。

  このとき作成された文書のことを,いわゆる『貸出稟議書』といい,銀行側の貸付責任が問われるような訴訟において,融資を受けた側が文書提出命令の申出をすることがあり,実際に何度か最高裁でも争われている。

  前掲平成11年最決も,貸出稟議書の『自己利用文書』性が争われた事案であり,前述2要件を明らかにしたものであるが,その後,同判決理由中においても留保事項として示されていた『特段の事情』にかんする判例が出ているので,ここでは,『特段の事情』につき検討する。

 

 

最高裁平成13127日決定・民集5571411

【判旨】(同決定の調査官解説794頁を『』で引用する)

1)の要件中, 「作成目的,記載内容,現在の所持者が所持するに至るまでの経緯」について,

『信用組合の作成した貸出稟議書の所持者は,預金保険機構から委託を受け,同機構に代わって,破たんした金融機関等からその資産を買い取り,その管理及び処分を行うことを主な業務とする株式会社であり,経営が破たんした信用組合からその営業の全部を譲り受けたことに伴い,貸出稟議書を所持するに至った』こと,

同要件中,「その他の事情」について,

『信用組合は,清算中であって,将来においても,貸付業務等を自ら行うことはないこと』

『所持者は法律の規定に基づいてその信用組合の貸し付けた債権等の回収に当たっているものであって,当該貸出稟議書の提出を命じられることにより,所持者において自由な意見の表明に支障を来たしその自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとは考えられない』

という,事情を考慮した上で,当該文書が,民訴法2204号ニに該当するとはいえない,特段の事情がある。

とした。

  したがって,本件においては,貸付稟議書という文書の性質上,前掲2要件には該当するものであったということはできるが,さらに,『特段の事情』を考慮した結果,「自己利用文書」には該当しない,という判断に至ったのである。

  よって,前掲平成11年最決において示された枠組みは,(1)形式的要件としての,『専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部のものに開示することが予定されていない文書』性,(2)実質的要件としての,『当該文書が開示されることによって個人のプライバシーが害されたり,開示されることを危惧する人々の自由な意思形成を阻害するなど,開示されることで所持者の側に看過し難い不利益が生じるおそれ』の存在,そして(3)以上2要件による「自己利用文書」性を打ち消すことのできる程度の『特段の事情』の不存在,といったものになるのである。

2014年7月6日

【民事訴訟法】文書提出命令その2

5.文書提出義務ないし命令に対する不服申立て(Q4関連)

  文書提出義務に基づいて発せられる文書提出命令は,4.で明らかな通り,裁判所による決定によるものであるが,裁判所による決定又は命令については,「口頭弁論を経ないで訴訟手続に関する申立てを却下した」場合には,「抗告することができる」(3281項)としているため,文書提出命令は,抗告の対象とはならない。

  しかしながら,裁判所による決定であり,当事者において不服を申し立てる機会が保障されるべき場面であることから,2237項では,「申立てについての決定に対しては,即時抗告することができる」としており,裁判所により文書提出命令が発せられたときには,即時抗告が可能である。

  なお,文書提出命令の申立てが,当該書面についての証拠調べの必要性がないことを理由にして却下された場合には,証拠調べの必要性の判断は,受訴裁判所の専権事項(1811項)であり,同裁判所の裁量にかかるものであることから,他の裁判所にてその適否を判断することになる即時抗告は認められないとするのが判例(最決H12.12.14  民集54-3-1073)である。

  一方で,文書提出義務の不存在を理由とした文書提出命令の申立て却下決定については,220条各号に該当するか否かについてを判断することになるが,これは,受訴裁判所でなくともその該当性判断は可能であるし,むしろ,第三者的な抗告裁判所による判断を要求するほうが,より充実した証拠調べを行うことができることにつながるので,即時抗告は認められるし,むしろこのような場合が典型例として法2237項が置かれたと考えるべきである。

 

最高裁平成12310日決定・民集5431073

【判旨】抗告棄却

 「証拠調の必要性を欠くことを理由として文書提出命令の申立てを却 下する決定に対しては、右必要性があることを理由として独立に不服の申立てをす ることはきないと解するの相当ある

     ※同決定の調査官解説によると

「一般に,証拠の採否の決定は受訴裁判所の専権に属するものであって,文書提出命令の申立ての採否も,これと別異に解すべき理由はない」としており,その上で,「民訴法2234項は,文書提出命令が文書の所持者に特別の義務を課すという点で,単なる証拠の採否の決定と異なることに照らし,「文書提出義務の有無」に限り,特に即時抗告を認めたもの」である,という見解を示している。

 

6.旧法における「文書提出義務」と現行法における「文書提出命義務」の異同(Q5関連)

  平成8年改正前民訴法においては,改正後民訴法2201号ないし3号に規定されている積極的要件に該当する書面の所持者に対して,文書提出義務が課せられており,同4号に規定されている消極的要件に該当する書面の所持者に対しては,対応規定を欠くことから義務が課せられていなかった。(限定列挙型)

  しかし,旧来から証拠の偏在や当事者間の武器不平等の是正は叫ばれており,現に,旧法下においても現行法条3号の「文書が挙証者の利益のために作成され,又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」という文言を広く解して,実務では対応していたといわれている。

  一方で,当該文言を解する際の制約として,専ら自己の使用のために作成された文書については,たとえ,現行法条3号にいうところの文書に該当すると判断されても,提出義務を課さないこととしていた。

  平成8年改正においては,新たな試みとして,争点整理手続制度が導入されることとなったが,争点整理に対応して,当事者が充実した訴訟の準備を図ることができるように,文書提出義務が,相手方当事者あるいは第三者が保有する書面であり,1号から3号の積極的要件に該当し,かつ新たに追加された4号の消極的要件たる除外事由の不存在の場合には,義務が課せられることとなったのである。 

  前述の通り,旧法下における文書提出義務の運用では,判例においても,専ら自己のために使用する文書は提出義務の対象から除外されていたのであるが,現行法条4号ニでは,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」が除外事由の一として列挙されていることから,旧法下における判例の立場が立法において考慮されたと解することができるようにみえる。

  ただし,これらは沿革的に異なる制度であるということができる。

  なぜなら,先述のとおり,旧法下における専ら自己のために使用することを目的とした文書についての除外は,あくまで,現行法条3号に対応する条文の解釈の拡大に一定限度の制約を加えることを目的として設定されたものであったのに対して,現行法条4号ニの規定は,文書の提出が一般義務化されたことによって,いかなる書面であっても(たとえそれが自らが使用する意図の下でのみ作成された書面であっても,訴訟において敗訴のリスクを負うことになってしまうから)常に「裁判所への証拠としての提出」を意識しながら書かなければならないことにつながり,文書作成者の自由な活動の妨げになってしまうことを危惧して設けられた規定であるからである。

 

7.現行法における自己利用文書の一般的提出義務からの除外について(Q6関連)

  6.で述べたとおり,現行法2204号によって一般義務化された書面提出についての除外事由たる「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」であることは,旧法下におけるそれとはその趣旨を異にするということがいえるのであるが,はたして,一般義務化された段階において,立法担当者はいかなる説明をしていたのであろうか。

  この点については,法改正に際して作成された,法務省民事局参事官室編「一問一答新民事訴訟法」(商事法務研究会・1996)において,6.において解説した通りの内容を示している。

  一方で,文書提出命令に関する規定が改正された平成8年以後,幾つかの判例において,法2204号該当性が争われてきたが,そのリーディングケースといわれる判例を,必要な範囲内で紹介する。

 

最高裁平成111112日決定・民集5381787

【判旨】

「ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部のものに開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法2204号ハ(現2204号ニ)所定の『専ら文書の所持者の利用に供するための文書』にあたる」

 

  最高裁は,2204号ニにつき,以上のように判示したのであるが,その要件を抽出すると,

 

1専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部のものに開示することが予定されていない文書であり,

且つ

2)当該文書が開示されることによって個人のプライバシーが害されたり,開示されることを危惧する人々の自由な意思形成を阻害するなど,開示されることで所持者の側に看過し難い不利益が生じるおそれがある場合

 

となるであろう。

  では,前示した立法担当者の意思と,本判例の要件は同一であるということができるのであろうか。

  この点,同決定についての調査官解説(小野憲一・最判解民平成11年度)において,説明があるので引用すると,

「本決定が示した右(1)の要件【筆者注・上記要件(1)に対応】は,……立法担当者の説明とほぼ同じであり,法文の字義に沿った自己利用文書概念を示したもの」

「注目されるべきは,本決定が(1)の要件に加えて(2)【筆者注・上記要件(2)に対応】の限定を加えていることである。これは,自己利用文書の範囲をさらに絞り込むことにより,文書提出義務を一般義務化し提出文書の範囲を拡大しようとした法改正の趣旨を実現することを所期したもの

とされており,本決定が,立法趣旨を解釈し,法文上明確ではないが,なおその範疇に属するであろう部分に関する絞りをかけたものである,といっているのであろう。

2014年7月5日

【民事訴訟法】文書提出命令その1

1文書提出命令関連規定の位置付け

第二編 第一審の訴訟手続  第四章 証拠  第五節 書証

実質的審理に入り,口頭弁論が開かれる段階に至り,証拠調べが行われるときの規範

 

①他編との比較

第一編:総則…第一審における訴訟手続を含む,訴訟手続全般に関する規定

第二編:第一審の訴訟手続…第一審における訴訟についての規定

第三編:上訴…の第一審および控訴審の訴訟手続や内容に不服があった場合などの規定

第四編:再審…判決の確定後における非常救済手段についての規定

第五編:手形小切手訴訟の特則…簡易迅速が求められる手形等訴訟についての規定

第六編:少額訴訟の特則…簡易迅速が求められる少額訴訟についての規定

第七編:督促手続…簡易迅速に債務名義を得るための簡略手続についての規定

第八編:執行停止…強制執行に至った事件への判決裁判所の関与についての規定

 

②同編他章との比較

第一章:訴え…第一審裁判所への訴え提起に関する規定

第二章:計画審理…第一章で認められた訴えについての公正迅速裁判実現のための規定

第三章:口頭弁論及びその準備…実体的審理としての広義の口頭弁論についての規定

第四章:証拠…口頭弁論において行われる第一審に証拠調べについての規定

第五章:判決…口頭弁論が終結した後の裁判所による判断についての規定

第六章:裁判によらない訴訟の完結…公権的決定に至る前の終了についての規定

第七章:大規模訴訟等に関する特則…通常訴訟規定では対応できない規模の訴訟についての規定

第八章:簡易裁判所の訴訟手続に関する特則…簡易迅速が求められる簡裁訴訟についての規定

 

③同章他節との比較

第一節:総則…証拠に関する総論的規定

第二節:証人尋問…証拠方法の1つ(人証),証人を呼んで尋問するときの規定

第三節:当事者尋問…証拠方法の1つ(人証),訴訟当事者に対する尋問についての規定

第四節:鑑定…証拠方法の1つ(人証),鑑定人の陳述・質問についての規定

第五節:書証…証拠方法の1つ(物証),証拠としての書面の取り扱いについての規定

第六節:検証物…証拠方法の1つ(物証),五感の作用によって証拠資料を得るための手続規定

第七節:証拠保全…以上の証拠方法に用いる証拠を保全するときの規定

 

 

2.書証について(Q1関連)

  1.において明らかになったとおり,文書提出命令に関する条文は,『書証』に置かれているので,まずは,『書証』の意義について検討する。

  書証とは,「文書に記載されている作成者の意思や認識を閲読して読み取った内容を事実認定のための資料とする証拠調べ(リークエp306)」そのもののことを指すのが本来的な意味である。

  書証における証拠方法は,前述の通り,『文書』であり,証拠資料は『当該文書に記載されている内容』である。

  書証は,当該文書の作成当時における作成者の意思が端的に示されており,時間経過によって変動するものではないため,当該文書の真正を明らかにした上で,査読することによって容易かつ迅速に取り調べることができるので,事実認定において極めて重要な方法であるということができるし,書証の成立如何によって訴訟自体の帰趨が変わることがあるので,大きな役割を果たしている。

 

3.書証に関する規律(Q2関連)

  通常,書証は,弁論主義の第3テーゼ(証拠原則)により,当事者間において争いのある事実についての判断をするために,当事者から提出された証拠に対して行われるものである。

  そのため,原則としては,当事者が任意に提出した証拠につき,行われるべきものであって,書証に関する民事訴訟法の規定においても,冒頭の219条で「書証の申出は,文書を提出し……なければならない」と定められている。  

  一方で,自らが有する文書のみによっては,十分な証明が困難であるが,相手方や第三者が所有する文書によれば証明が可能であることがあるが,このような場合に,弁論主義を字義通りに適用して,自分の用意できた証拠によって事実の証明ができなかったとして,その不利益を負担させることが,必ずしも,妥当でないこともある。

  すなわち,一方の当事者に情報が集中している,いわゆる証拠偏在の状況がある場合などにおいて,他方の当事者が立証責任を負っているとき,その攻撃防御に関する武器の不平等によって常に証明責任を負っている側の当事者が敗訴してしまうことになり,不平等である上,証拠が十分に提出されないことによって,実体的真実が明らかにならないことにつながり,民事訴訟の理念を達成できないことになりかねない。(もっとも,民事訴訟においては,具体的な紛争の解決に主眼が置かれていることから,実体的真実発見の要請は劣後するとの見解があり,必ずしも有効な理由付けとはならないことに注意すべきである)

  そこで,法は書証の任意提出に加え,必要な範囲における書証の強制提出の制度を設けることになった。それが,文書提出義務(220条)を課せられた者に対する,裁判所による文書提出命令(221条)である。

  なお,文書の任意的提出と強制的提出との間に,文書送付嘱託(226条)という制度を設け,文書の所持者に対して文書の送付を嘱託(依頼)することができるという中間的規定も置いた。

 

4.文書提出命令の規範(Q3関連)

  書証の1つとして行われる,相手方ないし第三者の所持する文書に対する証拠調べについては,前述の文書提出命令によって提出された文書を裁判官が閲読するか,あるいは文書送付嘱託によって裁判所に送付されてきた文書を裁判官が閲読することによってなされるのであるが,後者については,文書の所持者の任意的な協力のもとに送付してもらった文書を閲読するので,そこには法による強制は介在していないということができる。

  一方で,前者については,220条において,当該規定に該当する文書の所持者に対して「その提出を拒むことができない」としており,さらに,221条に基づき命令の申し立てを受けて,当該申し立てに理由があると認めることができると裁判所が判断した場合には,223条により,裁判所は当該文書の所持者に対して,「決定で,文書の提出を命ずる」としており,この決定に反した場合には,当該所持者が当事者か第三者かによって課される制裁が異なる。

  まず,訴訟当事者が決定の名宛人であった場合には,他方当事者の攻撃防禦方法を不当に奪っていることになるので,当事者間の公平の見地から,「当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる」(2241項)とした。また,提出義務にかかる文書を滅失し,あるいは使用不可能な状況にした場合においても,提出義務を負った当事者の責任問題として「前項(2241項)と同様とする」(2242項)として,さらに,当該文書によってのみ主張した事実が証明できる場合(法文上では「当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるとき」と表現)には,当該文書の記載に関する主張よりも広く,当該文書によって証明する予定であった「事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる」(2243項)として,提出義務に違反した当事者に訴訟上のサンクションを課している。

  次に,第三者が決定の名宛人であった場合に,提出義務に違背したときは「裁判所は,決定で,二十万円以下の過料に処する」(2251項)として,司法行政上のサンクションを課して,間接的に同義務を履行させようとしている。

2014年6月29日

【雑記】”脱法”薬物と”違法”薬物

 まずは,下記に引用した記事を読んでみてください。
 
東京・池袋の繁華街で、脱法ハーブを吸った男が運転する車が暴走した事件を受けて、警察庁は、「脱法」という呼び名が危険性がないような誤解を与えかねないとして、危険性の認識を高めるために脱法ハーブなど脱法ドラッグの呼び名の変更について、警察庁のホームページなどで意見を募集することを決めました。
 今月24日、東京・池袋の繁華街で、車が歩道を暴走して歩行者を次々とはね、1人が死亡、7人が重軽傷を負った事件では、逮捕された男が脱法ハーブを吸って車を暴走させた疑いが持たれています。この事件を受けて、警察庁は、「脱法」というのは危険性がないような誤解を与えかねないとして、危険性の認識を高めるために脱法ハーブなど脱法ドラッグの呼び名の変更について、警察庁のホームページなどで、意見を募集することを決めました。意見の募集は、準備が整いしだい、できるだけ早く行うことにしていて、名称の変更によって脱法ドラッグの乱用の歯止めにつなげたいとしています。これについて古屋国家公安委員長は、27日の閣議のあとの記者会見で、「脱法ドラッグは人体にも大きな影響がある危険な薬物だということをしっかり認識してもらう取り組みにしたい」と述べています。引用元:NHKニュース 「脱法ハーブ」 呼称変更で意見募集へ 2014/6/28 4:44
          (http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140628/k10015575571000.html)
  
1.”脱法”とは?
 
 引用したニュースをまとめてみると,

 「脱法」という言葉が,危険性を和らげるニュアンスを含んでいることが,このような薬物の乱用を引き起こして,結果として重大な事件・事故を発生させちゃってるから,「脱法」っていう言葉にかわる表現を募集して使うことによって,このような薬物が危険であることをきちんと認識してもらおう!!

 といったところでしょうか。
 
 
 報道機関が「脱法」と表現する場合,この「脱法」には,”「違法」じゃないけど,効果とかをみると違法っぽいなにか”といった意味合いがこめられています。
 
 つまり,「うまいこと法の抜け穴を使った行為」という感じです。

 ここでいう,「法」とは,基本的には,刑罰を科すための法律とか規則(刑罰法規)のことをいいます。

 そのため,もうちょっと正確に言うと,「刑罰を科されないように,うまいこと法の抜け穴を利用した行為」とでも表現できるでしょう。
 刑罰は科されないけど,一般的に見ると,刑罰が科される対象と同じような効果を持ってる行為だということができます。
 

2.”脱法”と”違法”と”合法”

 「合法」とは,一般的にも法律上も刑罰を科されないと判断されるような行為のことを差します。

 これに対して,「違法」とは,一般的にも法律上も刑罰を科されると判断されるような行為のことを差します。

 そのため,「脱法」は,「合法」と「違法」の中間地点にある行為であるということがわかります。

 自分のしようとする(あるいは,した)行為に対して,刑罰が科されるか科されないか,ということは,わたしたちが日々生活を送る上でとっても重要であり,その範囲が不明確だと,常に「自分の行為に刑罰が科せられるんじゃないのか?」といった恐怖のうちに過ごさなければならない事になってしまうので,できる限り,刑罰を科する範囲を明確化しなければならず,わたしたちがその範囲を知ることができるようにされなければなりません。

 このことを,「罪刑法定主義」における「明確性の原則」といい,どんな刑罰法規に対しても要求されているものであるといえます。

「明確性の原則」に従って,刑罰を科すことができる範囲を明らかにして,その範囲に属する行為のことを「違法」,属さない行為のことを「合法」と呼びます。

 このようなことから,本来,わたしたちがする行為は全て「違法」か「合法」かに分類されなければいけないはずであるのに,なぜか,その中間地点の行為を表現する「脱法」という言葉がよく使われてます。

 そもそも,「脱法」は,刑罰を科させる対象の行為でないので,「合法」にカテゴライズされますが,
どうしてわざわざ,「脱法」という言葉を使うのでしょうか?

 その答えは,法律の規定が,一般的な行為に対する評価と離れてしまっているというところにあります。


3.「刑罰を科すべき行為」と「刑罰を科す行為」

 刑罰を科すためには,必ず法律の規定が必要です。

 その理由は,刑罰という制度そのものが,わたしたちの生命や身体・財産を奪う性質を持っているので,みんなで決めたルールとして法律によって定めて,反論させないようにしなければならないためです。

 「どのような行為に刑罰を科するか」ということ(「刑罰を科すべき行為」)の基準は,実は,人それぞれで,共通したルールなんてそもそも作ることはできません。

 しかし,共通したルールを作っておかないと,みんながみんな,いつ誰にどのような形で自分の持っている生命や財産を奪われるかわからくて,困ります。
 このような状態のことを「自然状態」といいます。

 自然状態のままでは,人々は安心して日々の生活を送ることは難しいので,無理やり,共通のルールを作って,みんながそれに従うことにしたのです。

 そのような共通のルールを作るためには,全員の納得が得られることは不可能なので,そのルールに従うべき人全員が参加して,より大勢の人の納得の得られる形で決められなければなりません(民主主義)。
 
 しかし,ルールに従うべき人全員が参加して議論をすることは,時間的にも場所的にも不可能に近いので,仕方なく,それぞれの立場の人たちが,代表を選んで,その代表たちが議論して,ルールを作ることにしました(代表制民主主義)。

 このように,共通のルールを定めるために集まったのが,日本で言う「国会」であり,「国会」によって作られた,全国民をその対象とするルールのことを,「法律」といいます。

  
 「法律」としての地位を与えられたルールのうち,刑罰についてのものは,「刑罰を科す行為」として,広く全国民に及ぶことになります。

 しかし,先ほどもいったとおり,人によって「刑罰を科すべき行為」の基準は違ってくるので,おのずと,「刑罰を科する行為」と「刑罰を科すべき行為」に差が生じてしまうのです。

 この「刑罰を科する行為」と「刑罰を科すべき行為」の間に生まれた差から,「脱法」という言葉が使われるようになったのです。

 まさに,「脱法」は,「法の抜け穴を利用した行為である」といえるのです。


4.「刑罰を科する行為」の実情と「脱法」の不可避性

 しかし,「法律」として「刑罰を科する行為」を設定するには,時間も労力もかかるので,なかなか難しいのです。
 
 そのため,急速に発展する分野に対しては,「法律」による「刑罰を科する行為」の設定が追いつかず,「刑罰を科する行為」として設定するとまた新しい行為を生み出してきて,”いたちごっこになってしまうのが現状です。

 そのため,「脱法」という言葉がなくなることはないでしょう。


5.打開策としての「脱法」という言葉の変更
    
    以上見てきたように,法律という制度によって,刑罰を科するという原則が採られている限りは,「脱法」という行為は常に人々に付き纏うものであるということがいえます。

    そのため,当局は,『「脱法」という言葉があるから,それが社会からの非難を逃れる口実になってるんだ!!』→『だったら「脱法」という言葉を使えないようにしちゃえばいいんだ!!』という発想をもって,「脱法」という言葉を使わせないために,新たな言葉を募集するに至ったのでしょう。

    「脱法」という言葉を使わせないようにしたら,  人々はこれまで「脱法」に該当していた行為をしなくなるのでしょうか?

    この点については,評価が分かれるところで,そのように考える人もいれば,そうはいかないだろうと考える人もいるところでしょう。

    私見としては,いくら「脱法」という言葉を使わなくなったからといって,それが直ちにその言葉にカテゴライズされる行為の実体を根絶させるものではないといえるので,実はそのような施策は意味をなさないのではないかと考えます。

   一方で,「脱法」という言葉につられて人々がそのような行為に出る可能性があることもまた事実なので,このような施策がまったくの無意味であるということまでは言えないでしょう。

   人体に影響を及ぼす薬物に関する場面においては,その人の意思とは関係なく行為に及んでしまうことが多い(常用している場合には,依存症状から新たにそのような薬物を買ったり使用したりしてしまうことがある)ため,いずれの考え方によっても単なる言葉の問題として捉えるのではなく,もっと広い視野をもって『人体に影響を及ぼす薬物の不当な流通・使用をどのように防ぐべきか』といった対策を採らなければならないでしょう。