2014年5月30日

【刑法】判例刑法総論16〜20

16.最判平成24年12月7日
テーマ  公務員の政治的行為の処罰
➡︎国家公務員法102条1項の趣旨:公務員の職務の追行の政治的中立性保持による行政の中立的運営の確保,国民における行政に対する信頼の保護
➡︎一方で,国家公務員にも表現の自由の保障が及ぶと解されるから,政治的行為を全面的に規制することは許されない
➡︎したがって,国家公務員における政治的行為であったとしても,それが法の趣旨に照らして妥当(行政の中立的運営およびこれに対する国民の信頼を損ねない)と認められる行為は,罰則の対象からは除外されるべきである
➡︎逆に,国家公務員としての地位を用いる場合においては,たとえ勤務外であっても罰則の対象となり得る(猿払への配慮)
➡︎そこでいかなるメルクマールで「国家公務員の政治的行為」として罰則の対象とすべきかについて検討すると,総論的には,当該公務員がした行為の性質,態様,目的,内容等の諸般の事情を総合して考慮すべきである
➡︎敷衍すると,①当該公務員が,他の公務員に対して指揮命令や指導監督によって一定の影響を及ぼしうる地位にあるか否か,②職務の内容や権限における裁量の有無,③当該行為が勤務時間内に行われたか否か,④国ないし職場の施設の使用の有無,⑤公務員の地位の利用の有無,⑥団体行動として行われたか否か,⑦客観的に見て公務員による行為であると認められるか否か,⑧行政の中立的運営と直接相反する目的や内容の有無,が具体的考慮事由として挙げられる
➡︎本件では,①被告人は,非管理職的地位にあったこと,②下級職であったため裁量の余地はなかったこと,③本件配布行為が勤務時間外(休日)になされたこと,④国や職場の施設は使わずビラを配布したにとどまること,⑤配布するにあたり自らが公務員の地位にあることは特に明らかにしていなかったこと,⑥個人的な行動として行われたにとどまること,⑦特に公務員であることが客観的に明らかであったわけではないこと,⑧結局,自らの政治的信条に基づいてビラを配布したに過ぎず,行政の中立的運営の直接的な妨げとなるものではなかったこと,から上告には判決に影響を及ぼす理由ありと認められる

17.大判昭和10年11月25日
テーマ  法人の犯罪能力
➡︎刑法総論における諸規定に鑑みると,刑法典は,自然人のみをその対象とするものであると解することができる
➡︎法人には犯罪能力はない

18.大判昭和17年9月16日
テーマ  両罰規定における業務主の責任
➡︎国家総動員法下における統制価格違反に対する処罰は,故意過失を問わず営業者に対して及ぼす趣旨のものであると言える
➡︎無過失責任肯定

19.最大判昭和32年11月27日
テーマ  過失推定説
➡︎所得税法における従業員の所得税の逋脱については,事業主が当該従業員の選任監督につき過失がないことを証明しない限りにおいて,その刑責は免れない
➡︎過失の推定が働く(反証を許す)
 
20.最判昭和40年3月26日
テーマ  過失推定説(法人事業主への推及)
➡︎事業主が法人であった場合においても,19.の法理は妥当する
➡︎過失推定の法人への推及

2014年5月29日

【民事訴訟実務の基礎】要件事実①—売買⑵

⑴売買契約を訴訟物とした場合に採り得る,被告側の抗弁

・抗弁なので,請求原因と両立する(請求原因事実による請求権の発生自体を認容した),
権利障害事実,権利消滅事実,権利阻止事実を記載することになる。

・権利障害事実として記載され得るものの代表例
①錯誤無効(95条)
②詐欺・強迫取消(96条)
etc...

①錯誤無効の抗弁
民法95条
意思表示は,
(B)法律行為の要素に
(A)錯誤があったとき
は無効とする」
➡︎
(A)意思表示に錯誤があったこと
(B)当該錯誤が法律行為の要素であること

②詐欺取消の抗弁
民法96条1項
「(A)詐欺…による意思表示は,
取り消すことができる」
➡︎
(A1)欺罔行為の存在
(A2)欺罔による表意者錯誤
(A3)上記2要件に基づく意思表示の存在
(A4)表意者の取消の意思表示

・権利消滅事実として記載され得るものの代表例
①消滅時効(167条)
②弁済(493条)
③履行遅滞解除(541条)
etc...

①消滅時効の抗弁
民法167条
「債権は,
(A)十年間行使しないときは,
消滅する」
民法145条
「時効は,
(B)当事者が援用しなければ,
裁判所がこれによって裁判をすることができない」
➡︎
(A)時効期間の経過
(B)時効援用の意思表示
※時効期間の経過については,時の経過であるため顕著な事実となり,
時効援用の意思表示が裁判上なされたときは,これも顕著な事実となるため認否の対象にはならない

②弁済の抗弁
民法493条
「弁済の提供は,
(A)債務の本旨に従って
(B)現実にしなければならない」
➡︎
(A)債務の本旨に従った弁済
(B)当該債権に対する弁済であったこと

③履行遅滞解除の抗弁
民法541条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において,
(A)相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし,
その期間内に履行がないときは,
相手方は,契約の解除をすることができる」
➡︎
(A1)被告に対して催告をしたこと
(A2)催告後相当期間が経過したこと
(A3)相当期間経過後の解除の意思表示
(A′)催告に先立つ反対給付の履行の提供(同時履行の存在効果消滅のため)

・権利阻止事実として記載され得るものの代表例

⚫︎同時履行の抗弁
民法533条
双務契約の当事者の一方は,相手方がその債務を履行の提供をするまでは,自己の債務の履行を拒むことができる」
➡︎権利抗弁
➡︎事実記載としては,
『被告は,原告が本件目的物を引き渡すまで,その代金の支払いを拒絶する』となる。

【民事訴訟実務の基礎】要件事実①—売買契約⑴

1.売買代金支払請求の場合の要件事実⑴

⑴売買契約自体の性質

・売買契約➡︎民法555条
『①当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し,
    ②相手方がこれに対してその代金を支払うことを約する』と効力発生。
∴双務・有償・諾成契約

⑵訴訟物:実体法的請求根拠
売買契約に基づく代金支払請求権

⑶請求の趣旨:強制執行の内容(給付訴訟の場合)
被告は,原告に対し金○○万円支払え

⑷請求原因:請求の趣旨を裏付ける事実の記載

(A)原則は,実体法上の要件に即して一文ごとに記載する
⑴にしたがって記載すると
①被告は,原告に対して本件目的物を移転することを約した
②原告は,被告に対してその代金として○○万円を支払うことを約した
となる
※ただし,冗長になりがちである上,売買であることを認識できれば足りるので,
事実記載としては,「原告は,被告に対して本件目的物を○○万円で売った」と記載すればよい

(B)請求原因事実として主張するかが問題となる点
A契約締結日:
債権であるため,同一目的物につき複数の契約が成立可能
➡︎他の契約(訴訟物)との混同を避けるために主張必要

B目的物の売主所有
他人物売買についても,債権的には成立しうる
➡︎主張不要(主張困難な場合があることとのバランス)

C目的物引渡し
売買契約は諾成契約であるため,目的物を引き渡したことまでは要求されていない
➡︎主張不要

D代金支払時期の合意
売買契約は契約成立時に直ちに効力が発生する
➡︎主張不要

E代金不払い
同上の理由
➡︎主張不要

(C)以上を踏まえて,事実記載をすると,
「原告は,被告に対し,平成○○年○月○日,本件目的物を代金○○万円で売った」
となる。


【刑法】判例刑法総論11〜15

11.大判昭和15年8月22日
テーマ  ガソリン・カー
➡︎往来危険罪の客体にガソリンカーは含まれる?
➡︎文言上,『汽車』を対象としているが,ガソリンカーは,汽車と同視し得る
    (鉄道会社内において汽車と同様の管理体制がとられている)
➡︎含まれる

12.最大判昭和50年9月10日(徳島市公安条例)
テーマ(ここでは)  明確性の原則
➡︎同条例における『交通秩序を維持すること』が曖昧不明瞭なのでは?
➡︎「通常の判断能力を有する一般人の理解において,具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうか」が明確性の有無のメルクマールである
➡︎本件規定は,明確性に欠くところが見受けられない
➡︎罪刑法定主義違反とはならない

13.最大判昭和60年10月23日(福岡県青少年保護育成条例事件)
テーマ(ここでは)  明確性の原則②
『淫行』の意味
(法廷意見)
➡︎青少年の保護及び育成を目的とする本条例の下では,青少年の健全な育成を阻害するおそれのあるとして社会通念上非難を受けるべき性質のものが,罰則の対象となる
➡︎敷衍すると,『青少年を誘惑し,威迫し,欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか,青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められない性交又は性交類似行為』である
(伊藤反対意見)
➡︎わいせつの傾向犯につき,各地の条例で異なる罰則を設けているのは合理的なの?
➡︎わいせつ犯に対する処罰感情は地域により相対化されるものではない
➡︎さらに,刑法典にわいせつ犯についての罰則規定が設けられていることとの兼ね合いから,かような条例は,上乗せ条例であるといえるが,それを正当化できるものか否かは甚だ疑問である
➡︎『淫行』という文言も,特別法的位置づけになる条例における罰則においては,国法よりもさらに明確性が要求される
➡︎法廷意見のごとき要件は,通常の判断能力を有する一般人の理解において,具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうか,という準則に適合しているということには首肯し難い

14.最大判昭和35年1月27日
テーマ  医業類似行為
➡︎はり師,きゅう師,あんま師etc...のみがなし得る行為である医業行為を資格なしに行う医業類似行為の禁止に当たらない行為をしたのに,有罪判決を受けたから上訴
➡︎医業類似行為を禁じているのは,禁止することによって公共の福祉を保持することができるためであり,国民の健康に害を及ぼす虞れがあるか否かがメルクマールである
➡︎原審によればこの点が事実認定上明らかではないため,破棄差戻し

15.最判昭和57年9月28日
テーマ  薬事法違反事件
(法廷意見)
➡︎市販されてるサプリメントと同様なタブレットを販売したら,医薬品の不当販売だとして起訴された
➡︎人体に対し有益無害であっても,通常人の理解において『人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物』に該当するからアウト
(木戸口反対意見)
➡︎今回のような物を薬事法上の医薬品としてしまうと,市販されてる多くの健康食品もその規制対象となる
➡︎そのような健康食品の中には,本当に有益無害なものもあり,国民の健康を守るために不当医薬品が乱立しないように設けられている薬事法の趣旨を没却する
➡︎今回みたいな物は,食品安全法の対象とすれば足りるから,法令の解釈適用を誤った違法があるといえる

【刑法】判例刑法総論6〜10

第2 事後法の禁止
6.大判昭和16年7月17日
テーマ  労役場留置期間の延長
➡︎労役場留置は,刑罰としての罰金が支払えない場合に代替的に採られる措置である
➡︎改正前刑法の法定留置期間<改正後刑法の法定留置期間となった場合
➡︎刑に準ずる位置づけにあるから,不利益変更原則に反する
➡︎改正前の範囲内において宣告すべき

7.最決昭和42年5月19日
テーマ  刑の変更による公訴時効期間の変更
➡︎適用されるべき刑の選択時および公訴時効の起算点につき,実行行為時にするか裁判時にするかが問題となった
➡︎公訴時効は訴訟法上の制度であるが,刑の選択のいかんによってその適用される時効期間が異なる
➡︎原則は,裁判時に存在する法律によって判断されるべきであるが,適用されるべき法律が変更される事態があった場合には,実行行為時を起算点として計算されるべき

第3 類推解釈の禁止
8.最判昭和30年3月1日
テーマ(ここでは) 人事院規則14-7にいう「特定の候補者」の意義
➡︎同規則では「特定の候補者を支持し又はこれに反対すること」を公務員の政治的活動の一として禁じている
➡︎原審では,「立候補しようとする特定人」を支持することが,同規定違反であると認定した
➡︎類推拡大解釈は,特段の根拠なくして許されてはならないが,本件においては,特段の根拠は認め難いし,一般の国民から見ても,未だ立候補していない者を候補者と解釈するには無理がある
➡︎文理解釈すると「法令の規定に基づく立候補届出または推薦届出により,候補者としての地位を有するに至った特定人」であることがわかるのであって,これを準則とすべきである

9.最大判昭和31年6月27日
テーマ  火炎瓶は「爆発物」か
➡︎爆発物取締罰則(太政官布告!!)では,「爆発物」を規制するもの
➡︎マッチの軸頭薬が爆発物に含まれるの?
➡︎『理化学上の爆発現象』を生じさせる薬品を対象とすべきである
➡︎刑法典にも激発物破裂の罪があって(117条),特別法として爆発物取締規則がより重い法定刑を科する構成になっているため,後者の範囲は前者よりも限定される
➡︎マッチの軸頭薬も広義の爆発物には含まれるけど,特別法による重い処罰を対象とする程度のものではないから,同規則にいう「爆発物」には該当しない

10.大判明治36年5月21日
テーマ  電気窃盗事件
➡︎電気は,窃盗罪(235条)の財物に含まれるか?
➡︎原則,財物は有体物だけど,電気は五官の作用によって認識することができる有体物ではない
➡︎窃取可能物は,①可動性②管理可能性があるもの
➡︎電気は,この2要件を充足するから窃盗の目的物となる

2014年5月27日

【刑法】判例刑法総論1〜5

第1
1.最大判昭和27年12月24日 
テーマ    旧憲法下における,勅令による罰則の有効性
➡︎新憲法制定の際に,法律72号に基づいて,「法律を以って規定すべき事項を(命令・勅令で)規定するものは,昭和22年12月31日まで,法律と同一の効力を有する」とされた。
=同年12月31日までに,(罪刑法定主義の要請のかかる罰則規定については,憲法73条6号にしたがって,)然るべき法律あるいは法律により委任を受けた政令を作らないと,失効しちゃうよ!!
➡︎実行行為時および第一審判決当時は,まだ勅令による罰則が生きていたけど,原判決当時には,すでに法律72号によって当該罰則は失効しちゃってる
➡︎なのに,原判決はそれを看過して有罪判決を下した
➡︎原審においては本来,免訴判決すべきだったのに,しなかったから原判決破棄

2.最大判昭和49年11月6日(猿払事件)
テーマ(ここでは)  包括的委任
➡︎国家公務員法は,国家公務員の政治的行為についての罰則を,人事院規則に委任している
➡︎当該規定(102条1項)は,具体的委任であって,なんら罪刑法定主義に反するところはない(白紙委任であった場合なら,刑罰を法律で以って定めるべきとする同主義に反するけど)

3.最大判昭和37年月30日
テーマ  条例への罰則の委任
➡︎地方自治法は,各地方自治体により制定された条例に,一定の限度において罰則を設けることを許容している
➡︎罪刑法定主義に反しないの?
➡︎対象となる範囲および罰則の内容ともに,法律上限定されている
➕条例制定権者たる地方議会は,選挙によって選ばれる地方の代表であり,法律制定権者たる国会と類似しており,民主的プロセスが働いている以上,条例において罰則規定を設けることも許容されないということはできない

4.最大判昭和50年9月10日(徳島市公安条例事件)
テーマ(ここでは)  法律と条例の関係
➡︎道路交通法が定める罰則規定の範囲と,徳島市の公安条例が定める罰則規定の範囲がかぶってるから,法律によって罰せられるべきなんじゃないの?
➡︎地方の実情は,地方が一番わかってるんだから,大枠は法律で決めるけど,具体的な内容については,補完的に条例で定めていいよ
➡︎本件の場合には,道路交通法と徳島市公安条例は重複して規制をかけてるけど,地方のことだから,地方の規定によって罰せられることでいいでしょ

5.最大判昭和60年10月23日
テーマ(ここでは)  法律と条例の関係2
➡︎強制わいせつ罪(刑176)=13歳未満にわいせつ行為…処罰,
強姦罪(178条)=13歳未満に姦淫(無限定)…処罰
児童福祉法(34条1項6号)=児童(18歳未満)に淫行…処罰
福岡県青少年保護育成条例=青少年(18歳未満)と性交…処罰
➡︎横だし条例じゃね?
➡︎別に横だし条例でも構わないでしょ

2014年5月19日

【刑事訴訟実務の基礎】判決書起案

平成15年(わ)第135

判決

本籍 長野県小山市大町622番地4
住居 山梨県甲府市新井8丁目7番5号川口吉郎方
新聞店店員
川口正吉
昭和10年4月29日生
上記の者に対する窃盗,傷害被告事件について,当裁判所は,次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役2年6月に処する。
理由
(罪となるべき事実)
  被告人は,
第1   共犯者池原五郎から借りていた金員の返済を求められ,金策に窮した挙句,高価な食料品その他を他人に転売し得られた利益から,同人に借りた金員を返済することを同人から提案されたのを受けて,この提案に同意し,同人と共謀の上,平成15年4月30日午後5時14分ころ,甲府市河原町95番地所在の株式会社サンフィールド河原アルファー店1階において,同店店長宮本満管理に係るアールスメロン1個等18点(時価総額約2万92円相当)を窃取し,
第2   同日午後5時19分ころ,同店駐車場において,第1の行為を現認し,被告人の追跡していた,同店の警備員である久保田幸子(当時28歳)に対し,その右手を平手で数回殴打するなどの暴行を加え,よって同人に対し,加療約7日間を要する右第5指捻挫,左拇指捻挫の傷害を負わせ
たものである。
(証拠の標目)
 略
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は刑法60条,265条に,第2の所為は同法204条にそれぞれ該当するところ,判示各罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し,これらは同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処することとする。
(量刑の理由)
1.犯行の動機
(1)判示第1(窃盗)の所為に及んだ動機
判示第1の所為(以下,単に「第1の所為」という)は,判示のとおり,被告人と共犯者池原との金銭貸借についての問題に端を発してなされたものであるということができるが,その問題解決のために,商品を窃取した上,それを転売することによって得られる利益から同人に対する借金の返済を図ろうとすることは,犯行の動機として強い社会的非難を受ける態様のものであるといえる。
 なぜなら,被告人においては,一時的に住まわせてもらっている実弟や勤務先の新聞販売店に給与の前借をさせてもらう,という形でもって,適法に被告人の有する借金を返済することが可能な道が残されていたにもかかわらず,これらの選択肢を顧慮することなく,違法な態様であると被告人自らも認識していたであろう第1の所為に出たことは,これを正当化できる事由が介在していない限り,到底社会的に認められる選択であったと評価することはできないといえるためである。
 たしかに,池原が貸主,被告人が借主であったことから,両者の間に多少なりとも主従の関係が存在していたということもできよう。しかしながら,池原においては,強く返済を求めていたということはいえても,上記のような適法な金策を選択させる余地のない程度の言動をもって被告人に返済を求めていたとまではいえないのであって,被告人自身の選択によって,第1の所為そのものが生じない結果も導き得たし,そのような結果を導き出すことが困難であったという事情もうかがえないことから,被告人と池原の関係性を根拠に正当化をすることはできない。
(2)判示第2(傷害)の所為に及んだ動機
 次に,判示第2の所為(以下,単に「第2の所為」という)についてであるが,被告人自身に前科があり,執行猶予期間が満了して間もないころであったため,被害者である久保田の追及を逃れるための手段として,暴行による抵抗を図ったのであるが,この第2の所為の動機もまた,社会的に強い非難を受けるものであるといえる。
 通常の判断能力を有する一般人をして,ある犯罪構成要件に該当する行為をなしてしまった上,さらに違った罪名に触れるような行為をすれば,科される刑が重くなることは理解できるであって,なるべくのことならば重い刑を科されたくないと考えるであろう。
被告人が,前科を有しており,かつ懲役の実刑を科されたこともあるのは,当公判廷に提出された関係各証拠により明らかであるが,そうであるならば,一般人に比して懲役刑の重みを理解しているはずであり,さらに他の罪名に触れるような実行行為には出ないはずである。
にもかかわらず,被告人は,被害者からの追及を免れるために第2の所為に及んだのであって,懲役刑を科された経歴を有する者の採る行動として,適切なものであったということはできず,社会的に強い非難を受けるに値するものであるといえる。
2.被害の程度
 第1の所為における被害は,窃取されていなければ販売されていたであろう被害品の時価総額に相当する金銭的損失(約2万92円)であって,被害品が販売に適さないと判断され廃棄処分されたことにより現実化したということができる。
 スーパーマーケットにおいては,日常生活に資する商品が販売されているのが常であるが,かような商品は廉価であることが多い,という前提に立てば,約2万円の損失は必ずしも少額であるということはできず,むしろ,2万円分の販売機会を失ったことは,大きな痛手となるものであって,被害の程度は大きいということができる。
 なお,すでに被告人の実弟によって被害品の時価相当額の賠償がなされているが,被害品の販売機会を喪失したことは回復されるものではないのであるため,この賠償については考慮しない。
 第2の所為における被害は,被害者の加療約7日間を要する右第5指捻挫,左拇指捻挫への受傷であるが,これ以外にも,今後の被害者の警備員としての就業に支障を来たす要因を生じさせた点についても,被害が生じていることは関係各証拠により明らかとなっているところである。
 前者の被害者の通院加療に対する賠償は,実弟によってなされているが,後者については未だ賠償されておらず,また,精神的なものであることから,いつ回復するかも必ずしも明確ではないことに鑑みると,第2の所為の被害の程度も大きいものであったということができる。
3.被害者の処罰感情
 第1の所為および第2の所為いずれの被害者においても,厳重処罰を希求しているのであって,いまだ被害感情が和らいでいるということはできない。
4.被告人の反省
 被告人は勾留中より,中途からではあるが,警察官ないし検察官に対する供述において本件犯行の実体的真実発見に寄与する言動をしていたことは認められるが,このことは,必ずしも真摯な反省とは直接に結びつくものではないのであって,酌量の要因とはならない。
 また,真に反省しているのであれば,本件犯行の動機となった金銭問題を二度と起こさないよう,その原因の一部を構成した,射倖性を有する遊戯を無留保で止めるであろうが,被告人本人は,控えようと思っている旨述べるにとどまり,この点においても真摯な反省があるとまではいえない。
5.被告人の再犯可能性
 直近の傷害前科については,執行猶予付きの判断が示されたのであるが,この判断は被告人が更生するために与えられた機会であったにもかかわらず,結局本件犯行に及んでしまっている。
また,上述のとおり,射倖性を有する遊戯により,再度金銭に窮する可能性は否めず,金銭問題を原因とする犯罪をなす可能性が高く,窃盗ないし傷害に対する規範遵守意識が鈍磨してしまっており,本件と同種の犯罪により本件のような動機に基づく犯行に及ぶ可能性もまた,十分に存在するところである。 

以上の点を総合的に考慮した結果,被告人には,刑事施設における矯正処遇が必要であると判断し,主文判示の刑に処するを相当とした次第である。

2014年5月10日

刑事訴訟実務の基礎―論告要旨起案

論告要旨
(罪名) 窃盗、傷害
(被告人)川口 正吉

第1 事実関係
 本件公訴事実は,当公判廷で取調べ済みの関係各証拠により,その証明は十分である。
第2 情状関係
 本件は,被告人の共犯者に対する借金を返済するがため,共犯者と相通じてスーパーマーケットに赴き,いわゆる万引き窃盗をした後に,同窃盗行為を監視していた私服警備員からの追及を逃れるために同人に対して傷害を負わせた事犯である。
1. 犯行動機
 本件犯行は,自らが共犯者に借りた金銭の返還を迫られたが,給料日前であったことから手持ちが僅少であり,共犯者からの万引き窃盗の誘いがあったため,これを受諾して行ったものであるが,就業先からの給与の前借や,実弟に借りるなどの手段を検討することなく,本件犯行に及んでいるのであって,非常に短絡的である。
2.計画性
 被告人は,予てから交友のあった共犯者とともに本件犯行に及んだと認められるが,本件犯行以前に被告人は共犯者と数回にわたって会合しており,その会合の中で,本件犯行についての示し合わせも行われており,かつ,本件犯行においては,転売益を得ることを目的としていて,高額な商品を狙って窃取したものであり,計画性が認められる。
3.窃盗の被害
 被告人が万引き窃盗によって,スーパーマーケットに対して与えた被害は,これが商品として売られた場合の価額で換算すると,少なくとも,約2万92円であり,小額ではないことが明らかである。(さらに,共犯者もレジ袋に多量の商品を詰め込んで逃走したことも考慮されよう。)
 また,窃取された商品を販売することはできないので,被害商品はすべて廃棄されることとなった。
4.傷害の態様と被害
 被告人は,私服警備員から,本件万引き窃盗についての追及を逃れるがために,同女に対し,男女間の体力差を無視した強い力により,数度にわたり暴行を加え,よって同女に加療7日間を要する傷害を負わせたものであり,同女からの追及を逃れる目的であったことと相俟って,社会的に相当な非難を受ける態様のものであったし,同女においては,いつ同様の暴力を振るわれるかわからないため,仕事に影響が出てしまう程度には,同女にトラウマを植えつけたものであり,被害の程度は大きいといえる。
5.犯行後の事情
 本件犯行により,被害をこうむったスーパーマーケット及び私服警備員は,ともに本件犯行が悪質なものであって,厳重処罰を望むものであることを明らかにしており,窃盗の点については,被害弁償こそなされているものの,スーパーマーケットにおける高額商品の販売機会を失わせて,実質的な被害を与えたこと,傷害の点についても,治療費等の弁償を受けてはいるものの,いまだ本件犯行が同女に精神的な面での不安感を与え続けていることなどを鑑みると,事情が改善したということはいえず,この点における酌量の余地はないものと思料する。
6.被告人の前科前歴及び再犯可能性
 被告人は,過去において,窃盗2犯,傷害1犯につき,確定判決の宣告をされており,(うち窃盗1犯および傷害1犯については執行猶予つきではあるが,)規範意識に欠けているということがいえるし,被告人は射倖性を有する遊戯に没頭する嫌いがあり,金銭の管理能力が不足していることがうかがえ,再犯の恐れが認められる。

第3 求刑
 以上の諸事情を考慮し,相当法条適用の上,被告人を,
  懲役3年

に処するを相当と思料する。

2014年5月6日

刑事訴訟実務の基礎―保釈請求に対する決定書

保釈却下決定

                  被告人 川口 正吉
                      昭和10年4月29日生

 被告人に対する窃盗,傷害被告事件について,平成15年6月20日,弁護人小川進からの保釈の請求があったので,当裁判所は,検察官の意見を聞いた上,以下のとおり決定する。

主文

弁護人の保釈の請求を却下する。




・ 請求を却下した理由
1 必要的保釈
 まずは,本件請求が,刑事訴訟法第89条の規定に基づく必要的保釈の要件に該当するかにつき検討する。
1.      1号該当性
同条1号は,死刑・無期・短期1年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したか否かが問題となるが,本件においては,法定刑レベル(窃盗罪=10年以下の懲役,傷害罪=15年以下の懲役)においても,処断刑レベル(両罪は併合罪の関係となるため,両罪のうち,より重い傷害罪の法定刑を1.5倍にした数たる22.5年以下の懲役)においても,上記の要件には該当しないため,問題とならない。
2.      2号該当性
 同条2号は,過去において,死刑・無期・長期十年を超える懲役又は禁錮に当たる刑を宣告されたか否かが問題となるが,本件においては,被告人はこれらに該当する刑の宣告を受けたことがないことは,犯罪歴照会結果報告書(第3分冊・123頁)により明らかであるため,問題とならない。
3.      3号該当性
同条3号は,常習として長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したか否かが問題となるが,本件は,常習ではない窃盗及び傷害の各罪として起訴されているため,問題とならないし,窃盗について常習と認められるような事情は見えないため,問題とならない。
4.      4号該当性
 同条4号は,被告人が罪証隠滅をすることを疑うに足りる相当な理由があるか否かが問題となる。
 この点,本件における検察官意見(第3分冊・159頁)では,同号に該当する旨の意見を述べ,必要的保釈の対象とはならないとしているが,大要,①犯状の悪質性,②共犯者との通謀による供述の歪曲可能性を挙げている。
   については,いわゆる万引き窃盗のみならず,事後に追跡してきた女性私服警備員からの現行犯逮捕を免れるために,同女に暴行をしもって傷害を負わせたものであるが,本件の経過から推察するに,被告人においては,もっぱら逮捕を免れる意思が存在していたに過ぎず,傷害の故意があった上で本件所為に及んでいたと解することはできないが,一方で,いわゆる万引き窃盗を行うについては,事前に共犯者と計画を立てていたことが,被告人本人の供述(第3分冊・109頁以下)などから判明しており,突発的に窃盗をなした場合に比してその罪の重さは重くなると評価できる。
   共犯者との通謀による供述の歪曲可能性
 この点,逮捕当初被告人は,共犯者池原について,「名前は聞いたことのない人」であり,「甲府にあるパチンコ屋で知り合った人」(第1分冊・63頁)としていたが,後に「東京にいたときのパチンコ仲間」である「池原五郎という52歳位の男」である旨述べるようになり(第2分冊・33頁),同人と出会って本件犯行に至るまでの経緯を語るようになったものの,同供述の前において「いろいろとお世話になっていたので,簡単に仲間は売れない」(同頁)といった気持ちがあったのは確かであり,現在においてもなお,その気持ちが存続している可能性は捨てきれない。
 また,第1回公判において被告人は,「本心として,刑務所には行きたくありません」(第3分冊・141頁)という供述をおり,これを高齢であることを理由とする旨も述べているが,刑務所に入りたくないがために,共犯者と通謀をして同人に虚偽の供述をさせ,被告人自身又は共犯者自身の量刑を軽くしようという行動に出ることが予想される。
 かような行動に移るためには,ある程度の行動力が必要となると思料されるが,この点,被告人は共犯者とともに本件犯行に及んでおり,計画から実行までを遂行しており,行動力に欠けるところはなく,また,被告人は,逮捕を免れんとして(偶発的にせよ)私服警備員を「うつ伏せに倒」(第3分冊・46頁)すほどの力を有しており,高齢老衰による体力減退は生じておらず,共犯者と通謀して歪曲した供述をさせる可能性は十分な程度存在すると考える。
以上,①と②の点につき検討して,これらを総合的に判断すると,被告人による罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由があると思料されるため,同号に該当するといえる。
5.      被害者等訴訟関係者に対する加害のおそれ
 この点,被告人は本件につき,自らのした行為の部分については真摯かつ協力的にその経緯を明らかにしようとしており,各種供述の中から反省の念も感じ取ることができる。
 かように真摯な反省の態度を有した上で,公判活動に協力している者においては,被害者等訴訟関係人に対して加害をするといった行動に出ることにつき,相当な理由があるということはできないため,同号には該当しない。
6.      氏名不詳・住所不定
 同号については,被告人の氏名はすでに明らかになっているし,被告人の弟が身柄引受書(第3分冊・157頁)を提出しており,なおかつ本件犯行に及ぶまでも,同人方に居候していた,という事実が存在するから,住所不定であるとはいえない。よって,同号には該当しない。

以上,刑訴法89条各号の該当性につき検討したところ,同条4号に該当する,と評価できることが判明したため,同条により必要的保釈とはならない。

2 裁量保釈
 刑訴法は,90条において,「適当と認める場合には,職権で保釈を許すことができる」と定めているため,裁判所は,その裁量により保釈を許可できるのであるが,本件は,同法894号に該当する場合であり,同号該当による保釈の不許を覆すほどの相当な理由があることを要請されていると解することができる。
 この点につき,本件においては,共犯者が未だ発見されておらず,被告人を保釈することにより,2者を会合させてしまう事態を惹起してしまう恐れがあり,保釈を許すべき相当な理由は,存しないといえるため,同条による裁量保釈の余地もないものといえる。

以上