2014年5月6日

刑事訴訟実務の基礎―保釈請求に対する決定書

保釈却下決定

                  被告人 川口 正吉
                      昭和10年4月29日生

 被告人に対する窃盗,傷害被告事件について,平成15年6月20日,弁護人小川進からの保釈の請求があったので,当裁判所は,検察官の意見を聞いた上,以下のとおり決定する。

主文

弁護人の保釈の請求を却下する。




・ 請求を却下した理由
1 必要的保釈
 まずは,本件請求が,刑事訴訟法第89条の規定に基づく必要的保釈の要件に該当するかにつき検討する。
1.      1号該当性
同条1号は,死刑・無期・短期1年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したか否かが問題となるが,本件においては,法定刑レベル(窃盗罪=10年以下の懲役,傷害罪=15年以下の懲役)においても,処断刑レベル(両罪は併合罪の関係となるため,両罪のうち,より重い傷害罪の法定刑を1.5倍にした数たる22.5年以下の懲役)においても,上記の要件には該当しないため,問題とならない。
2.      2号該当性
 同条2号は,過去において,死刑・無期・長期十年を超える懲役又は禁錮に当たる刑を宣告されたか否かが問題となるが,本件においては,被告人はこれらに該当する刑の宣告を受けたことがないことは,犯罪歴照会結果報告書(第3分冊・123頁)により明らかであるため,問題とならない。
3.      3号該当性
同条3号は,常習として長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したか否かが問題となるが,本件は,常習ではない窃盗及び傷害の各罪として起訴されているため,問題とならないし,窃盗について常習と認められるような事情は見えないため,問題とならない。
4.      4号該当性
 同条4号は,被告人が罪証隠滅をすることを疑うに足りる相当な理由があるか否かが問題となる。
 この点,本件における検察官意見(第3分冊・159頁)では,同号に該当する旨の意見を述べ,必要的保釈の対象とはならないとしているが,大要,①犯状の悪質性,②共犯者との通謀による供述の歪曲可能性を挙げている。
   については,いわゆる万引き窃盗のみならず,事後に追跡してきた女性私服警備員からの現行犯逮捕を免れるために,同女に暴行をしもって傷害を負わせたものであるが,本件の経過から推察するに,被告人においては,もっぱら逮捕を免れる意思が存在していたに過ぎず,傷害の故意があった上で本件所為に及んでいたと解することはできないが,一方で,いわゆる万引き窃盗を行うについては,事前に共犯者と計画を立てていたことが,被告人本人の供述(第3分冊・109頁以下)などから判明しており,突発的に窃盗をなした場合に比してその罪の重さは重くなると評価できる。
   共犯者との通謀による供述の歪曲可能性
 この点,逮捕当初被告人は,共犯者池原について,「名前は聞いたことのない人」であり,「甲府にあるパチンコ屋で知り合った人」(第1分冊・63頁)としていたが,後に「東京にいたときのパチンコ仲間」である「池原五郎という52歳位の男」である旨述べるようになり(第2分冊・33頁),同人と出会って本件犯行に至るまでの経緯を語るようになったものの,同供述の前において「いろいろとお世話になっていたので,簡単に仲間は売れない」(同頁)といった気持ちがあったのは確かであり,現在においてもなお,その気持ちが存続している可能性は捨てきれない。
 また,第1回公判において被告人は,「本心として,刑務所には行きたくありません」(第3分冊・141頁)という供述をおり,これを高齢であることを理由とする旨も述べているが,刑務所に入りたくないがために,共犯者と通謀をして同人に虚偽の供述をさせ,被告人自身又は共犯者自身の量刑を軽くしようという行動に出ることが予想される。
 かような行動に移るためには,ある程度の行動力が必要となると思料されるが,この点,被告人は共犯者とともに本件犯行に及んでおり,計画から実行までを遂行しており,行動力に欠けるところはなく,また,被告人は,逮捕を免れんとして(偶発的にせよ)私服警備員を「うつ伏せに倒」(第3分冊・46頁)すほどの力を有しており,高齢老衰による体力減退は生じておらず,共犯者と通謀して歪曲した供述をさせる可能性は十分な程度存在すると考える。
以上,①と②の点につき検討して,これらを総合的に判断すると,被告人による罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由があると思料されるため,同号に該当するといえる。
5.      被害者等訴訟関係者に対する加害のおそれ
 この点,被告人は本件につき,自らのした行為の部分については真摯かつ協力的にその経緯を明らかにしようとしており,各種供述の中から反省の念も感じ取ることができる。
 かように真摯な反省の態度を有した上で,公判活動に協力している者においては,被害者等訴訟関係人に対して加害をするといった行動に出ることにつき,相当な理由があるということはできないため,同号には該当しない。
6.      氏名不詳・住所不定
 同号については,被告人の氏名はすでに明らかになっているし,被告人の弟が身柄引受書(第3分冊・157頁)を提出しており,なおかつ本件犯行に及ぶまでも,同人方に居候していた,という事実が存在するから,住所不定であるとはいえない。よって,同号には該当しない。

以上,刑訴法89条各号の該当性につき検討したところ,同条4号に該当する,と評価できることが判明したため,同条により必要的保釈とはならない。

2 裁量保釈
 刑訴法は,90条において,「適当と認める場合には,職権で保釈を許すことができる」と定めているため,裁判所は,その裁量により保釈を許可できるのであるが,本件は,同法894号に該当する場合であり,同号該当による保釈の不許を覆すほどの相当な理由があることを要請されていると解することができる。
 この点につき,本件においては,共犯者が未だ発見されておらず,被告人を保釈することにより,2者を会合させてしまう事態を惹起してしまう恐れがあり,保釈を許すべき相当な理由は,存しないといえるため,同条による裁量保釈の余地もないものといえる。

以上

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