2014年5月19日

【刑事訴訟実務の基礎】判決書起案

平成15年(わ)第135

判決

本籍 長野県小山市大町622番地4
住居 山梨県甲府市新井8丁目7番5号川口吉郎方
新聞店店員
川口正吉
昭和10年4月29日生
上記の者に対する窃盗,傷害被告事件について,当裁判所は,次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役2年6月に処する。
理由
(罪となるべき事実)
  被告人は,
第1   共犯者池原五郎から借りていた金員の返済を求められ,金策に窮した挙句,高価な食料品その他を他人に転売し得られた利益から,同人に借りた金員を返済することを同人から提案されたのを受けて,この提案に同意し,同人と共謀の上,平成15年4月30日午後5時14分ころ,甲府市河原町95番地所在の株式会社サンフィールド河原アルファー店1階において,同店店長宮本満管理に係るアールスメロン1個等18点(時価総額約2万92円相当)を窃取し,
第2   同日午後5時19分ころ,同店駐車場において,第1の行為を現認し,被告人の追跡していた,同店の警備員である久保田幸子(当時28歳)に対し,その右手を平手で数回殴打するなどの暴行を加え,よって同人に対し,加療約7日間を要する右第5指捻挫,左拇指捻挫の傷害を負わせ
たものである。
(証拠の標目)
 略
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は刑法60条,265条に,第2の所為は同法204条にそれぞれ該当するところ,判示各罪について所定刑中いずれも懲役刑を選択し,これらは同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処することとする。
(量刑の理由)
1.犯行の動機
(1)判示第1(窃盗)の所為に及んだ動機
判示第1の所為(以下,単に「第1の所為」という)は,判示のとおり,被告人と共犯者池原との金銭貸借についての問題に端を発してなされたものであるということができるが,その問題解決のために,商品を窃取した上,それを転売することによって得られる利益から同人に対する借金の返済を図ろうとすることは,犯行の動機として強い社会的非難を受ける態様のものであるといえる。
 なぜなら,被告人においては,一時的に住まわせてもらっている実弟や勤務先の新聞販売店に給与の前借をさせてもらう,という形でもって,適法に被告人の有する借金を返済することが可能な道が残されていたにもかかわらず,これらの選択肢を顧慮することなく,違法な態様であると被告人自らも認識していたであろう第1の所為に出たことは,これを正当化できる事由が介在していない限り,到底社会的に認められる選択であったと評価することはできないといえるためである。
 たしかに,池原が貸主,被告人が借主であったことから,両者の間に多少なりとも主従の関係が存在していたということもできよう。しかしながら,池原においては,強く返済を求めていたということはいえても,上記のような適法な金策を選択させる余地のない程度の言動をもって被告人に返済を求めていたとまではいえないのであって,被告人自身の選択によって,第1の所為そのものが生じない結果も導き得たし,そのような結果を導き出すことが困難であったという事情もうかがえないことから,被告人と池原の関係性を根拠に正当化をすることはできない。
(2)判示第2(傷害)の所為に及んだ動機
 次に,判示第2の所為(以下,単に「第2の所為」という)についてであるが,被告人自身に前科があり,執行猶予期間が満了して間もないころであったため,被害者である久保田の追及を逃れるための手段として,暴行による抵抗を図ったのであるが,この第2の所為の動機もまた,社会的に強い非難を受けるものであるといえる。
 通常の判断能力を有する一般人をして,ある犯罪構成要件に該当する行為をなしてしまった上,さらに違った罪名に触れるような行為をすれば,科される刑が重くなることは理解できるであって,なるべくのことならば重い刑を科されたくないと考えるであろう。
被告人が,前科を有しており,かつ懲役の実刑を科されたこともあるのは,当公判廷に提出された関係各証拠により明らかであるが,そうであるならば,一般人に比して懲役刑の重みを理解しているはずであり,さらに他の罪名に触れるような実行行為には出ないはずである。
にもかかわらず,被告人は,被害者からの追及を免れるために第2の所為に及んだのであって,懲役刑を科された経歴を有する者の採る行動として,適切なものであったということはできず,社会的に強い非難を受けるに値するものであるといえる。
2.被害の程度
 第1の所為における被害は,窃取されていなければ販売されていたであろう被害品の時価総額に相当する金銭的損失(約2万92円)であって,被害品が販売に適さないと判断され廃棄処分されたことにより現実化したということができる。
 スーパーマーケットにおいては,日常生活に資する商品が販売されているのが常であるが,かような商品は廉価であることが多い,という前提に立てば,約2万円の損失は必ずしも少額であるということはできず,むしろ,2万円分の販売機会を失ったことは,大きな痛手となるものであって,被害の程度は大きいということができる。
 なお,すでに被告人の実弟によって被害品の時価相当額の賠償がなされているが,被害品の販売機会を喪失したことは回復されるものではないのであるため,この賠償については考慮しない。
 第2の所為における被害は,被害者の加療約7日間を要する右第5指捻挫,左拇指捻挫への受傷であるが,これ以外にも,今後の被害者の警備員としての就業に支障を来たす要因を生じさせた点についても,被害が生じていることは関係各証拠により明らかとなっているところである。
 前者の被害者の通院加療に対する賠償は,実弟によってなされているが,後者については未だ賠償されておらず,また,精神的なものであることから,いつ回復するかも必ずしも明確ではないことに鑑みると,第2の所為の被害の程度も大きいものであったということができる。
3.被害者の処罰感情
 第1の所為および第2の所為いずれの被害者においても,厳重処罰を希求しているのであって,いまだ被害感情が和らいでいるということはできない。
4.被告人の反省
 被告人は勾留中より,中途からではあるが,警察官ないし検察官に対する供述において本件犯行の実体的真実発見に寄与する言動をしていたことは認められるが,このことは,必ずしも真摯な反省とは直接に結びつくものではないのであって,酌量の要因とはならない。
 また,真に反省しているのであれば,本件犯行の動機となった金銭問題を二度と起こさないよう,その原因の一部を構成した,射倖性を有する遊戯を無留保で止めるであろうが,被告人本人は,控えようと思っている旨述べるにとどまり,この点においても真摯な反省があるとまではいえない。
5.被告人の再犯可能性
 直近の傷害前科については,執行猶予付きの判断が示されたのであるが,この判断は被告人が更生するために与えられた機会であったにもかかわらず,結局本件犯行に及んでしまっている。
また,上述のとおり,射倖性を有する遊戯により,再度金銭に窮する可能性は否めず,金銭問題を原因とする犯罪をなす可能性が高く,窃盗ないし傷害に対する規範遵守意識が鈍磨してしまっており,本件と同種の犯罪により本件のような動機に基づく犯行に及ぶ可能性もまた,十分に存在するところである。 

以上の点を総合的に考慮した結果,被告人には,刑事施設における矯正処遇が必要であると判断し,主文判示の刑に処するを相当とした次第である。

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