2014年7月7日

【民事訴訟法】文書提出命令その3

8.「自己利用文書」の判断方法

  判例によって示された,上記(1)(2)の要件はいかなる場合に充足して,提出義務を免れることになるのであろうか。殊に,立法担当者および判例において共通する(1)の要件該当性について検討する。

  前述の通り,(1)の要件は,「専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部のものに開示することが予定されていない文書であること」であるが,具体的にはいかなる事情が考慮されることによって,この要件該当性の有無が判断されるのであろうか。

  この点につき,前述の判旨において(1)の要件判断にあたっては,「その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断」すると示していることから,このような事情を考慮して検討することになろう。

  したがって,単に当該文書の作成者の主観的な意図として,「専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に表示することが予定されていない文書」という評価ができた場合においても,当該文書の内容が客観的にみると,外部指向性を有していたり,あるいは作成者からみて外部にあたるような者が当該文書を所有していたりするときには,本要件は充足しないものであるということができよう。

   つまり,実際にその文書が提出命令の対象となるか否かの判断は,個別具体的になされることが要求されているのである。

   当該判断は,訴訟手続の一環として行われることになるが,受訴裁判所の対審公開法廷の場でその判断をすることになると,プライバシー保護にかけてしまう恐れがある。

   そこで,法は「裁判所は,文書提出命令の申立てに係る文書が第220条第4号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認めるときは,文書の所持者にその提示をさせることができる。この場合においては,何人も,その提示された文書の開示を求めることができない。」(2236項)とし,いわゆる『インカメラ審理』制度を導入している。

  すなわち,同項第1文において,当該文書が提出命令の対象としてふさわしいか否かを判断する場合に,当該文書を裁判所に対して提出することを求めることができ,第2文において,提示された当該文書を裁判所以外に開示することを禁止しているのであり,裁判所のみが,提示された当該文書を査読した上で,提出命令を発するのに十分な文書であるか否かの審理をすることができる,というものである。

 

9.稟議書の『自己利用文書』該当性

  稟議書とは,企業が,その内部の意思決定をする際に作成する書面であり,たとえば,銀行において,取引先の企業に対し融資をする際に,当該企業の経営状況,融資履歴,信用情報などを調査した上で,融資・貸付の有無を検討することになるが,これらの情報は,往々にして膨大にのぼるので,実際に調査をした銀行員が全ての情報を口頭で融資決済者であるところの支店長や審査部員に伝達することは,困難である。

  そこで,情報伝達の便宜や確実性を担保するために,当該銀行員がかような情報を記載した書面を作成し,それを融資決済者に提出することで,スムースな運用をしていくようになった。

  このとき作成された文書のことを,いわゆる『貸出稟議書』といい,銀行側の貸付責任が問われるような訴訟において,融資を受けた側が文書提出命令の申出をすることがあり,実際に何度か最高裁でも争われている。

  前掲平成11年最決も,貸出稟議書の『自己利用文書』性が争われた事案であり,前述2要件を明らかにしたものであるが,その後,同判決理由中においても留保事項として示されていた『特段の事情』にかんする判例が出ているので,ここでは,『特段の事情』につき検討する。

 

 

最高裁平成13127日決定・民集5571411

【判旨】(同決定の調査官解説794頁を『』で引用する)

1)の要件中, 「作成目的,記載内容,現在の所持者が所持するに至るまでの経緯」について,

『信用組合の作成した貸出稟議書の所持者は,預金保険機構から委託を受け,同機構に代わって,破たんした金融機関等からその資産を買い取り,その管理及び処分を行うことを主な業務とする株式会社であり,経営が破たんした信用組合からその営業の全部を譲り受けたことに伴い,貸出稟議書を所持するに至った』こと,

同要件中,「その他の事情」について,

『信用組合は,清算中であって,将来においても,貸付業務等を自ら行うことはないこと』

『所持者は法律の規定に基づいてその信用組合の貸し付けた債権等の回収に当たっているものであって,当該貸出稟議書の提出を命じられることにより,所持者において自由な意見の表明に支障を来たしその自由な意思形成が阻害されるおそれがあるものとは考えられない』

という,事情を考慮した上で,当該文書が,民訴法2204号ニに該当するとはいえない,特段の事情がある。

とした。

  したがって,本件においては,貸付稟議書という文書の性質上,前掲2要件には該当するものであったということはできるが,さらに,『特段の事情』を考慮した結果,「自己利用文書」には該当しない,という判断に至ったのである。

  よって,前掲平成11年最決において示された枠組みは,(1)形式的要件としての,『専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部のものに開示することが予定されていない文書』性,(2)実質的要件としての,『当該文書が開示されることによって個人のプライバシーが害されたり,開示されることを危惧する人々の自由な意思形成を阻害するなど,開示されることで所持者の側に看過し難い不利益が生じるおそれ』の存在,そして(3)以上2要件による「自己利用文書」性を打ち消すことのできる程度の『特段の事情』の不存在,といったものになるのである。

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